2025/05/25(日)「金子差入店」ほか(5月第4週のレビュー) 映画 テレビアニメ「中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。」(テレ東系)のエンドクレジットを見たら、絵コンテに原恵一の名前がありました。え、これ、あの原恵一監督? Wikipediaを見ると、確かにあの原恵一監督でした。監督作品が「かがみの孤城」(2022年)以来ありませんが、次作の予定はないんでしょうか? このアニメ、京極夏彦の百鬼夜行シリーズのスピンオフで、中禅寺秋彦が古本屋「京極堂」の主人となる前の物語。中禅寺は高校の先生をしていて生徒などが持ち込んだ不可思議な謎を解いていきます。今季のアニメはほかに「謎解きはディナーのあとで」(東川篤哉原作、フジテレビ系)、「小市民シリーズ」(米澤穂信原作、テレ朝系)と有名なミステリー作家の作品が2本あります。 この3本の中では「謎解きはディナーのあとで」が楽しいです。絵はイマイチなんですが、「お嬢さま、お嬢さまの目は節穴でございますか」「お嬢さまはアホでございますか」と新人刑事の宝生麗子(花澤香菜)に暴言を吐く慇懃無礼な執事の影山(梶裕貴)がおかしくて良いです。 「金子差入店」 刑務所や拘置所などに収容された受刑者・被告人などへの差し入れ品を販売する差入店を舞台にした物語。原作があるのかと思ったら、オリジナル脚本の作品でした。残念ながら、エピソードにリアリティーを欠く描写が散見され、脚本の不備が目に付きました。 金子真司(丸山隆平)は妻・美和子(真木よう子)とともに、伯父(寺尾聰)から引き継いだ差入店を営んでいる。金子自身も過去に暴行事件で刑務所に4年服役。出所後、仕事が見つからず、伯父の店を手伝うことになった。ある日、小学生の息子・和真(三浦綺羅)の幼なじみの女の子が殺害される。金子はその犯人(北村匠海)の母親(根岸季衣)から差し入れ代行を依頼された。差入店として犯人と向き合いながらも、疑問と怒りが募るなか、金子は毎日のように拘置所を訪れる女子高生(川口真奈)と出会う。彼女はなぜか自分の母親を殺した男(岸谷五朗)との面会を求めていた。 刑務官が「おい、差入屋」と横柄に高慢にあからさまに当然のように見下して呼び捨てにする場面が2回ありますが、刑務官たちが実際にこんな無礼な態度なのか疑問です。ここだけでなく、差入店への嫌がらせ(意図が分からない。犯人も分からない)とか、差入店の親のせいで子どもが小学校でいじめに遭う(ノートに「殺人犯」と落書きされるのはどう考えても勘違いで筋違い。「殺人犯の味方」ならまだ分かる)など脚本の詰めの甘さを感じる場面があります。 北村匠海は朝ドラ「あんぱん」とは正反対のサイコな犯人を気味悪く好演してますが、このサイコ犯がなぜ主人公の前科を知ったのかは謎。もう一つの殺人事件が絡むエピソードは目新しくない真相が描かれ、岸谷五朗の熱演が空回り気味でした。一番気になったのはこの真相の後で、世間にばれなければ黙っていたままでいいという解決にはモヤモヤが残ります。東野圭吾が過去に同じようなシチュエーションのミステリーを書いていますが、さすがにこんなアホな解決にはしていませんでした。 男好きでダメな母親(名取裕子)のエピソードも序盤でほったらかし。各エピソードがバラバラで1本の物語にまとまっていかないのがもどかしく、主人公のキャラクターにも共感が持てませんでした。こうした脚本の不備はプロデューサーが指摘するか、ベテラン脚本家の助力を得た方が良かったと思います。 古川豪監督は「東京リベンジャーズ」(2020年)などの助監督を経てこれが監督第1作。他の映画の撮影中、拘置所近くの差入店を見て興味を持ち、この物語を作っていったそうです。話に説得力を欠くのは基本的に取材不足が原因なのではないかと思います。 差入店を舞台にしたテレビドラマをずっと以前に見た記憶があり、たぶんTBSだったと思いますが、タイトルと詳しい内容を憶えていません。検索すると、「差し入れ屋さん物語 拘置所とシャバを結ぶ悲喜こもごもの交差点」(1989年、TBS系)という作品がありましたが、もっと以前に見たような気がするんですよねえ。 ▼観客10人ぐらい(公開6日目の午前)2時間5分。 「岸辺露伴は動かない 懺悔室」 入場者プレゼント 荒木飛呂彦の原作コミックは50ページ弱の短編。それだけでは映画としては短いので、原作の続きをオリジナルで加えてます。原作通りの部分は悪くないんですが、この続きの部分がイマイチうまく行っていません。 人の記憶を本にして読むことができる能力ヘブンズドアーを持つ漫画家・岸辺露伴(高橋一生)はヴェネツィアの教会で間違って告解室に入り、仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く。男は25年前に誤って浮浪者の男を死なせ、「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」呪いを浮浪者からかけられた。次々に訪れる幸運から必死に逃れようとして生きてきた男は無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。その瞬間、死んだはずの浮浪者が現れ、ある試練を与えられる。 この試練に失敗して男は殺されてしまうんですが、なら告白しているのは誰なのか、といったところが、原作が描いた物語。映画はここから告白した男の成長した娘(玉城ティナ)の結婚が絡み、懺悔を聞いた露伴にも「幸福になる呪い」が伝染する展開を用意しています。その解決が少しも解決になっていないのが困ったところ。 まあそれでもこのシリーズ、僕は好きです。相変わらず天真爛漫で愛すべき能天気さを持つ泉京香(飯豊まりえ)の存在はシリーズの財産だなと思います。脚本は小林靖子、監督は渡辺一貴で両者ともテレビシリーズと前作「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」(2023年)を担当しています。 ▼観客多数(公開初日の午前)1時間50分。 「父と僕の終わらない歌」 「父と僕の終わらない歌」パンフレット 父が歌う動画を息子がYouTubeにアップしたことで80歳のアルツハイマー型認知症患者がCDデビューを果たしたイギリスの実話を日本に置き換えて映画化。「ちはやふる」三部作(2016~2018年)や「線は、僕を描く」(2022年)などの小泉徳宏監督の演出は手堅く、泣き笑いを交えた心地良い作品に仕上がってます。 レコードデビューを夢見ながらも、息子の雄太(松坂桃李)のために諦めた間宮哲太(寺尾聰)は横須賀で楽器店を営みながら時折、地元のステージで歌声を披露していた。哲太はユーモアたっぷりで町の人気者だが、アルツハイマー型認知症と診断される。全てを忘れゆく父を繋ぎ止めたのは彼を信じて支え続けた優しい妻(松坂慶子)と雄太、強い絆で結ばれた仲間たちだった。父が歌う動画を雄太がネットにアップしたことで、レコード会社からCDデビューの話が来る。 認知症の深刻な面とその緩和策として趣味である歌を用いるのが納得の展開。寺尾聰が実にぴったりの役柄で歌声を披露し、地元商店街の三宅裕司、石倉三郎、佐藤栞里らも好演しています。 ▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)1時間33分。 「光る川」 「光る川」パンフレット 岐阜県出身の作家・松田悠八の小説「長良川 スタンドバイミー一九五〇」を基に金子雅和監督が映画化。1958年の現在と過去の伝説をつなぐファンタジーで悪くない出来ですが、欲を言えば、時を超えたストーリーを成立させるのに必要な映像効果が欲しいところです。 過去の伝説はユウチャ(有山実俊)が見る紙芝居の物語として描かれます。里の娘・お葉(華村あすか)と山の民である木地屋の青年・朔(葵揚)の悲恋。木地屋は「木彫りなどの材料の木から盆や椀など木地のままの器類を作る職人」で山を渡り歩いているため、里の民との交流は禁止されています。朔はお葉との恋を叶えるためには「技術を捨てるため腕を切り落とせ」と木地屋の長(渡辺哲)から言われます。恋が叶わなかったお葉は山奥の淵に身を投げてしまう、というのが伝説。台風が近づく中、ユウチャは山奥に行き、この伝説の世界に入ってしまいます。 金子監督は「長良川スタンドバイミーの会」から映画化の話を持ちかけられ、長良川の河口から源流、支流域まで巡り、土地に伝わる民話などを調べて回ったそうです。その過程でインスパイアされて木地屋と里の娘の悲恋を創作したとのこと。というわけで映画は原作とは大きく違うそうですが、土地に触れなければ生まれなかった物語なのでしょう。これは金子監督の第3作。既に取りかかっているという第4作にも期待を抱かせる出来でした。 ▼観客7人(公開7日目の午後)1時間48分。 「REVENGE リベンジ」 「サブスタンス」のコラリー・ファルジャ監督のデビュー作。2017年のフランス映画で2018年に日本公開されました(東京では現在2館で再公開中)。U-NEXTで見ました。レイプされ、崖から突き落とされた女の復讐劇と聞くと、だいたい想像できますが、その斜め上を行く展開です。 女は落ちただけでなく、崖下でもの凄いことになってます。普通なら死んでしまう状況ですが、さすが「サブスタンス」の監督作品、そんなことでは死なず、そこから男3人への復讐に向かいます。焼いたナイフで傷口を消毒したり、足の裏に食い込んだガラスを抜いたり、目にナイフを突き立てたり、ずーっと痛い描写が続きます。超アップの描写もあり、「サブスタンス」の表現は元々、この監督の個性だということが分かります。こうした表現が好きなんでしょうね。 主演のマチルダ・ルッツは「ザ・リング リバース」(2017年、F・ハビエル・グティエレス監督)、「キャメラを止めるな!」(2022年、ミシェル・アザナヴィシウス監督)などに出演。 IMDb6.4、メタスコア81点、ロッテントマト92%。プロの方が高く評価してます。
2025/05/18(日)「サブスタンス」ほか(5月第3週のレビュー) 映画 「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」の先行上映が始まりましたが、パンフレットの販売は先行中はないそうです。先行上映といっても普通に毎日上映しているので、観客から見れば、公開が6日早まっただけのように思えます。かつての先行ナイトのように土曜日の夜だけ上映するのとは違うのでパンフも普通に販売して良さそうなんですけどね。 「サブスタンス」 「サブスタンス」パンフレット 女性監督の作品だけに若さと美貌のルッキズムを皮肉った映画かと思ったら、バケモノ映画でした。作品のタッチから連想するのは「遊星からの物体X」「鉄男」「エレファントマン」「ザ・フライ」「呪術廻戦」「シック・オブ・マイセルフ」「永遠に美しく」「ブレインデッド」などなどグチョグチョ系の映画全般と、どんな姿になってもテレビ局に向かうヒロインの悲惨さを描くクライマックスは「レクイエム・フォー・ドリーム」を思わせました。ジャンル的にはSFホラーで、最も近いのはデヴィッド・クローネンバーグでしょう。 ただし、こうした男性監督の諸作と違って、やはり根底にはルッキズムへの痛烈な批判があり、墓穴を掘り続けるヒロインの暴走は男性の価値観に染まった女性の悲劇にほかなりません。 主人公のエリザベス(デミ・ムーア)が使うのは若返りの薬ではなく、若い分身を作る薬。エリザベスの背中を割って出てきたのは見事な美貌とスタイルを持つ若い女性スー(マーガレット・クアリー)でした。エリザベスがスーの体でいられるのは1週間だけ。その後の1週間は元の体で過ごさなければなりません。初めは1週間交代がうまくいきましたが、エリザベスに代わってテレビのエアロビ番組で人気者になったスーには1週間では足りなくなり、少しオーバーしてしまいます。それがエリザベスの体に深刻な老化をもたらすことになります。 パンフレットでコラリー・ファルジャ監督は「女性のからだをテーマにした映画です」と言っています。「私たち女性は、完璧で、セクシーで、笑みをたたえ、スリムで、若く、美しくなければ、世間の人々に認められないと思わされてきました」。そして「本作では『これを吹っ飛ばす時が来た』と宣言しています」。いや、それは分かるんですけど、その表現がかなり過激で極端で、だから結果的にこれは女性よりも男性がその内容に快哉を叫ぶ映画になっています。これを見て「ルッキズムは間違い、改めなきゃ」と思う男は少ないはず。 ヒロインの自滅ではなく、男性優位社会への強烈なしっぺ返しを物語に組み込んだ方が良かったと思います。映画評論家のデーナ・スティーブンズがニューズウィーク誌で「(長すぎる映画が終わって)やっと苦行から解放される思いがした」と評したのは表現にうんざりしたからです。 カンヌ映画祭脚本賞。アカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞しました。すべてをさらけ出して熱演するデミ・ムーアが主演女優賞を取れなかったのはやはり描写のどぎつさが影響したのだろうと思います。 IMDb7.2、メタスコア78点、ロッテントマト89%。 ▼観客7人(公開初日の午前)2時間22分。 「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」 「パンフレットの表紙」 シリーズ8作目にして前作「デッド・レコニング」の続編。上映前にトム・クルーズの動画があり、「シリーズの集大成」とコメントしていました。クルーズは今年7月で63歳。これがシリーズ最後の作品になるようです。 AIエンティティーが世界中のネットワークを乗っ取り、核戦争の危機が迫る。イーサン・ハント(トム・クルーズ)は沈んだロシアの潜水艦からAIのソースコードを入手、それにルーサー(ヴィング・レイムス)が作った毒薬コードを加えてAIを殲滅しようとする。 前作はバイクの大ジャンプをはじめ大がかりなアクションのてんこ盛りでしたが、今回は深海に沈んだ潜水艦の中と、セスナ2機による空中アクションの2つが見せ場になってます。特にセスナのアクションはこれまで見たことがないタイプのもので、ここだけでも一見の価値はあるでしょう。潜水艦内のシーンは冒険小説ではお馴染みの死地で苦闘する主人公を描いています。相棒のベンジーを演じるサイモン・ペッグらハントの仲間たちと、米国大統領のアンジェラ・バセットらも好演していて、シリーズの掉尾を飾る作品として文句のない出来栄えだと思います。 シリーズ全体を振り返ると、4作目の「ゴースト・プロトコル」でクリストファー・マッカリーが脚本に参加したことが大きかったと思います。5作目「ローグ・ネイション」から4作連続で監督を務めたマッカリーはスパイアクションと冒険小説への造詣の深さを感じさせ、これに秀逸なアクションのセンスとアイデアが加わってシリーズのリブートを成功させました。クルーズとのコンビが続くかどうかは分かりませんが、優れたアクション映画の担い手として今後も期待したいです。 IMDb7.8、メタスコア69点、ロッテントマト81%(IMDbの採点を追加しました)。 ▼観客多数(先行公開初日の午前)2時間49分。 「パディントン 消えた黄金郷の秘密」 言葉を話すクマのパディントンを主人公にした児童小説の実写映画化第3弾。ペルーの老グマホームで暮らすルーシーおばさんの様子がおかしいと、ホームの院長から手紙が来て、パディントンはブラウン一家とともにペルーに向かう。ペルーに着くと、ルーシーおばさんは眼鏡と腕輪を残して失踪してしまっていた。パディントンたちはルーシーおばさんを探してジャングルに入る。 ファミリームービーとして悪くはありませんが、監督が2作目までのポール・キングからドゥーガル・ウィルソンに代わったためか、出来は2作目までより随分落ちます。ブラウン家のお母さん役もサリー・ホーキンスからエミリー・モーティマーに代わりました。院長役はオリビア・コールマン、パディントンたちが乗る船の船長役でアントニア・バンデラス。名優2人がこういう映画に出るのに感心します。配給の木下グループが製作にも加わってました。 IMDb6.7、メタスコア65点、ロッテントマト93%。 ▼観客7人(公開7日目の午後)1時間47分。 「かくかくしかじか」 「かくかくしかじか」パンフレット 東村アキコの自伝的コミック(全5巻)の映画化。宮崎市に住み、漫画家を目指す楽天的な主人公・林明子(永野芽郁)と絵画教室の破天荒な先生・日高健三(大泉洋)のエピソードを中心に物語を再構成しています。 原作者自身が脚本に加わっているのでこの部分は過不足のない描写ですが、原作の読者にはダイジェスト感が否めず、全体的にもう少しメリハリがあると良かったと思います。永野芽郁と大泉洋は好演しています。監督は永野芽郁主演の「地獄の花園」(2021年)も撮った関和亮。 物語の構成上仕方がありませんが、見上愛や畑芽育、鈴木仁、神尾楓珠ら主人公の周辺人物の描写が少なくなったのは残念。テレビドラマで10話ぐらいかけてじっくり描いても面白いんじゃないでしょうかね。 他の地区ではどうなのか分かりませんが、映画の舞台となった宮崎市の映画館では客の入りは良いようです。 ▼観客多数(公開初日の午後)2時間6分。 「逃走」 「逃走」パンフレット 「もう戦争は終わったんだよ。お前だけなんだよ、まだ戦場にいるのは」。YouTubeのエガちゃんねるでダチョウ倶楽部のリーダー、肥後克広が江頭2:50の“感謝祭事件”について笑いを交えて語る姿がおかしくて感動的でした。リーダーは過激な振る舞いに寛容だったかつての、昭和の芸人たちの時代が既に終わったことを承知の上で、それをまだ1人で続けている江頭を理解し、親愛を込めた言葉を贈ったわけです。 1970年代の連続企業爆破事件に関与し、指名手配されて49年間逃亡を続けた東アジア半日武装戦線「さそり」部隊の桐島聡を描く「逃走」を見ながら思ったのは、足立正生監督の桐島に対する思いは肥後リーダーの江頭に対する思いと同じ意味合いのものだろうということです。49年間逃げ切った意味が世間には理解されなくても、かつての“同志”を讃える気持ち。パンフレット掲載の同戦線「大地の牙」の浴田由紀子、「さそり」宇賀神寿一、足立監督の鼎談にもその思いが根底にあります。 しかし、桐島の在り方は終戦後長くジャングルに潜んでいた横井庄一さんや小野田寛郎さんと同じようなものではないかと思えました。逃走=闘争とは思いませんし、逃げ続けるだけでは何もアピールできません。桐島聡どころか東アジア半日武装戦線さえ今の若い世代は知らないでしょう。49年間逃げ続けるよりは早く自首して刑期を終えて、もっと大衆にアピールする表現活動などやった方が良かったと思います。 偽名で逃走していた桐島聡は2024年1月25日に末期がんで入院していた病院で本名を名乗り、それからわずか4日後に亡くなりました。逃亡中の詳細は分かっていないでしょうから、この映画が描いたのはほとんどフィクションだと思います。パンフレットにジャーナリストの青木理が書いていますが、本来ならジャーナリストが周辺人物に綿密な取材をして逃亡中の桐島の様子を明らかにしてほしいところ。それが可能な媒体は出版不況のためもあって見当たらないようです。東アジア半日武装戦線を客観的に知ることができる書籍は未だに松下竜一の傑作ノンフィクション「狼煙を見よ」(1987年刊)しかありません。 いずれにしても、昭和は遠くなりにけり、と思わざるを得ません。だからこそ、昭和を知らない観客を考慮して当時の世相がよく分かるような大局的な描き方が必要だったと思います。大道寺将志やダッカ事件、超法規的措置など若い観客にとって、この映画は意味不明のことが多いでしょう。 同じく桐島聡を描いた「桐島です」(高橋伴明監督)は7月4日から全国順次公開予定です。 ▼観客4人(公開12日目の午後)1時間54分。
2025/05/11(日)「104歳、哲代さんのひとり暮らし」ほか(5月第2週のレビュー) 映画 是枝裕和監督がiPhone16 Proで撮影した短編映画「ラストシーン」(27分)YouTuneで公開されています。 「最終話の脚本、書き直して欲しいです」 テレビドラマの脚本家・倉田(仲野太賀)はファミレスで見知らぬ女から唐突に頼まれる。女は50年後の未来から来たという由比(福地桃子)。倉田が書いているドラマの主演女優の孫だという。由比によると、このドラマ、脚本の出来が悪かったため、最終話の視聴率が最低の0.3%だった。倉田は脚本が書けなくなり、プロデューサーは子会社のある宮崎に飛ばされた。それだけでなく、「Wikiによると」このドラマの後、民放の地上波からドラマはなくなった。主演女優は「視聴率最低女優、0.3%の女」と言われて引退。倉田と結婚することになる。つまり、由比は倉田の孫。さあどうする、という展開。 結末が個人的にはやや不満ですが、切なさを伴う時間テーマSFの佳作になってます。仲野太賀が当然のことながらうまく、福地桃子はいつものようにユニークでチャーミングで微笑ましくて良いです。もっと売れて良い女優だと思います。 全編をiPhoneだけで撮影した映画は過去にも例があります。有名なところでは「ANORA アノーラ」のショーン・ベイカー監督が「タンジェリン」(2015年)をiPhone 5Sで撮影しています。白石和彌監督の「麻雀放浪記2020」(2019年)はiPhone8 Plusで撮影されたそうです。是枝監督はインタビューで「iPhoneだけで劇場公開用の作品を撮れるという時代は、もうすぐそこまできていると思いました」と話していますが、10年前からあるんですぜ。 「104歳、哲代さんのひとり暮らし」 100歳を越えて広島県尾道市で一人暮らしをする石井哲代さんを描くドキュメンタリー。101歳から104歳までの哲代さんの暮らしを紹介しています。長生きの秘訣みたいなありふれたところにフォーカスしなかったのが良く、老後について、介護についてばかりでなく、生き方そのものについてのさまざまな示唆に富むドキュメンタリーだと思います。 哲代さんは20歳で小学校の教員となり、26歳で同僚の良英さんと結婚。 56歳で退職後、民生委員として地域のために尽くしてきた。近所の人たちからは今も「先生」と呼ばれる。83歳で夫を見送り、ひとり暮らしになった。 101歳の哲代さんの足は弱って家の前の坂は後ろ向きにしか降りられませんが、耳は遠くなく、認知症も大丈夫のようです。ただ、少し忘れっぽいところはあるよう。子供はいませんが、近くに住む姪2人が折々に面倒をみてくれています。自宅の離れにある風呂には入れなくなったため、週2回、デイサービスでの入浴が楽しみです。 以前、認知症を研究する大学教授に「80歳以上の3人に1人は認知症、100歳以上は全員認知症」と聴きました。哲代さんは数少ない例外なのでしょう。しかし、101歳から104歳までの間に老いは着実に進行します。ガスコンロの火で服が燃えたため、姪がIHクッキングヒーターに変えます。普通、高齢になると、新しいものを使うことは困難になりますが、哲代さんは何とかお湯を沸かすぐらいは使えるようです。足の持病が悪化して入院することも。1人でできないことは多くなりますが、そこは支援を受けながら、1人でなんとか暮らしています。肩肘張らない自然体の生き方に学ぶところが多いです。 クライマックスは7歳年下で脳梗塞のため寝たきりで施設に入っている妹との対面シーン。哲代さんは透明の仕切り越しに「ももちゃん、ももちゃん」と呼びかけながら、昔の話をします。目を閉じて聴いている妹の目には涙がにじんでいました。 山本和宏監督は広島出身でさまざまなドキュメンタリーを撮ってきた人。中国新聞の連載記事で哲代さんを知って取材するようになり、一部はiPhone13 Proで撮ったそうです。ナレーションはリリー・フランキー。 ▼観客15人ぐらい(公開2日目の午前)1時間34分。 「終わりの鳥」 「終わりの鳥」パンフレット 死をめぐる奇想ファンタジー。奇想のエスカレーションが途中で止まり、常識的な結末へ向かうのが惜しいです。 余命わずかな15歳のチューズデー(ローラ・ペティクルー)のもとに言葉を話す奇妙な鳥が来る。生きものの“終わり”を告げるデス(DEATH)という名の鳥だった。デスは体の大きさを自在に変えられ、死にそうな人間にとどめを刺す役割を担っている。チューズデーはデスの役割を知り、母親ゾラ(ジュリア・ルイス=ドレイファス)が帰宅するまで待つように頼む。家に戻ったゾラはチューズデーからデスを遠ざけるべく暴挙に出る。 母親は小さくなったデスを叩き潰し、燃やしますが、それでもデスが死なないため食べてしまいます。デスを食べた母親はどうなるのか、というところが面白く、どう決着を付けるのかと思ったら、そこは少し肩透かしでした。 入場者プレゼント 監督はクロアチア出身でこれが長編デビューのダイナ・O・プスィッチ。前半を見て短編のアイデアだなと思いました。中盤以降にももう少し凝った展開が欲しく、このアイデアなら1時間半程度に収めたいところでした。母親役のジュリア・ルイス=ドレイファスは「サンダーボルツ*」でCIA長官を演じました。 IMDb6.3、メタスコア69点、ロッテントマト76%。 ▼観客4人(公開6日目の午後)1時間50分。 「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」 パンフレットの表紙 モデルを経て報道写真家として活躍したリー・ミラーを描くドラマ。ケイト・ウィンスレットが製作総指揮と主演を務め、第2次大戦時の戦場カメラマンとしてのリーに焦点を当てた作品にしています。監督は「エターナル・サンシャイン」(2004年、ミシェル・ゴンドリー監督)などの撮影監督を務めてきたエレン・クラスでこれが監督デビュー。 リーが撮影するのは病院で包帯だらけになった兵士や、ドイツ兵の愛人で祖国を売った裏切り者として髪を切られるフランス人女性、大量のユダヤ人の死体がある列車、ダッハウの強制収容所の惨状などです。戦争の残虐度が次第に増していく撮影内容はショッキングで、僕は面白く見ましたが、アメリカでの評価はいま一歩。リーの功績に比較すると、構成も含めて平凡ということのようです。 リーの友人役でマリオン・コティヤール。ウィンスレットとコティヤールは同い年ですが、コティヤールの方が若く見えます。僕はウィンスレットの演技は好きですが、もう少し体を絞った方が良いとは思います。あまり外見を気にしない人なのかもしれません。 IMDb6.9、メタスコア62点、ロッテントマト67%。 ▼観客6人(公開初日の午前)1時間56分。 「#真相をお話しします」 結城真一郎の同名小説を豊島圭介監督が映画化。原作は5編を収録した短編集で、週刊文春ミステリーベスト10で3位、「このミステリーがすごい!」で13位などにランクされました。映画は順番に「惨者面談」「ヤリモク」「三角奸計」の3編と全体をつなぐ物語として「#拡散希望」(短編部門の日本推理作家協会賞受賞)を映像化しています。「#拡散希望」に映画オリジナルで付け足した部分が長い割に面白さに欠け、まとめの役割としては弱いです。ここの登場人物が他の3編にコメント・介入してくるので、物語の緊張感が途切れるデメリットにもなっています。 映画は「#真相をお話しします」という配信番組で視聴者が参加して、それぞれの事件の真相を語るという設定。4つの話を無理に関連付けず、単純にオムニバスにしても良かったんじゃないかと思いますが、それだと何かまずいことがあるんでしょうかね。脚本は「総理の夫」(2021年、河合勇人監督)、「矢野くんの普通の日々」(2024年、新城毅彦監督)などの杉原憲明。出演は大森元貴、菊池風磨、中条あやみ、岡山天音、福本莉子、綱啓永ら。 ▼観客15人ぐらい(公開14日目の午後)1時間57分。