2023/12/17(日)「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」ほか(12月第3週のレビュ-)

 U-NEXTで「ほつれる」(加藤拓也監督)を399ポイント払って見た2日後にamazonプライムビデオを見たら、既に見放題に入ってました。劇場公開が9月8日だったので3カ月。配信が始まってもおかしくはないですが、見放題とは。同時にガイ・リッチー監督「オペレーション・フォーチュン」も見放題に。こちらは劇場公開が10月8日。約2カ月での配信は少し早く感じます。下に感想を書いた同時期公開の「シアター・キャンプ」もディズニープラスで見放題に入りました。ディズニーの「ウィッシュ」はアメリカでは「どうせすぐにディズニープラスでやるだろう」と思われたことがヒットしなかった一因とか。そういう時代なのです。

「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」

 太平洋戦争末期にタイムスリップした女子高生・百合(福原遥)が特攻隊の隊員たち、特にその中の1人の彰(水上恒司)と心を通わせる話。貶す気満々で見に行ったら、意外にも悪くない出来でした。

 成田洋一監督はCMディレクター出身。劇場用映画は2作目ですが、60代のベテランだけに浮ついた演出はありません。正攻法な画面作りできっちりとまとめた作品になっています。

 気になるのは原作由来のことなんでしょうが、物語の場所が不明確なこと。特攻隊基地の近くの町で、原作者の汐見夏衛は鹿児島出身なので知覧にするのが自然なんですが、町の人たちの言葉は標準語。特攻基地が多かった九州ではなく、関東地方、筑波海軍航空隊のあった茨城あたりの設定なのではないかと思います。映画のロケも茨城と千葉だったようです。

 百合は幼い頃に父親が事故死し、母親(中嶋朋子)と二人暮らし。母親は夜中まで働いていますが、家は裕福ではありません。懸命に働く母親のことを理解せず、スーパーで魚をさばいていることで「魚くさい」と恥ずかしい思いを抱いています。それが戦争中の過酷な運命を目の当たりにして変わる、というのが分かりやす過ぎる展開ではあります。

 特攻基地の近くで食堂を切り盛りして特攻兵たちに食事を提供する松坂慶子と、シングルマザー家庭の現実を反映した中嶋朋子の存在が映画を引き締めていました。
▼観客多数(公開7日目の午後)2時間7分。

「窓ぎわのトットちゃん」

 ご存じ黒柳徹子の大ベストセラーのアニメ化。この本、800万部以上売れて国内トップ級のベストセラーだそうですが、未読でした。いい機会なので文庫本を買って読み始めました。

 戦前から戦中にかけての物語。落ち着きがなく、授業中に騒ぐため小学校を退学となったトットちゃんが私立のトモエ学園に入学、小児麻痺で手足が不自由な泰明ちゃんらクラスメートと伸び伸びと育っていくエピソードで構成しています。

 トモエ学園は自由な校風ですが、世の中は息苦しさを増し、トットちゃんの家庭にも波及していきます。この対比をもっと強調した方が良かったかなと思います。トットちゃんの元気の良さと奔放さは「となりのトトロ」のメイに重なりました。声を演じたのは7歳の大野りりあな。校長先生は役所広司、お父さんが小栗旬、おかあさんが杏。八鍬新之介監督。
▼観客16人(公開5日目の午後)1時間54分。

「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」

 精神的に不安定なことなどが原因となる思春期症候群(架空の症状です)をテーマにした略称「青ブタ」シリーズの劇場版第3弾。

 高校2年生の梓川咲太の1学年上の恋人で女優の桜島麻衣は卒業を迎える。咲太が海岸で麻衣を待っていると、子役時代の麻衣と瓜二つの小学生が現れる。父から電話が入り、長く入院していた母が、妹の花楓に会いたいと言っていることを告げる。咲太は花楓と共に母親と会うことにするが、咲太の身体に謎の傷跡が現れる。

 6月に公開された前作「青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない」よりは面白く見ました。ただ、「窓ぎわのトットちゃん」が幅広い世代に受け入れられる内容なのに対して、これは主に10代、20代の男子限定でしょう。この世代に受けるのは桜島麻衣先輩が理想の彼女だからですね。次は大学生編だそうです。増井壮一監督。
▼観客8人(公開13日目の午後)1時間15分。

「SISU シス 不死身の男」

 1944年、第二次大戦末期のフィンランドを舞台にしたアクション。川で砂金を探す主人公アアタミ((ヨルマ・トンミラ)が金鉱を掘り当て、荒野を馬で移動中にナチスに遭遇。金塊を狙ったドイツ兵から執拗に追跡され、死闘を繰り広げることになります。アアタミは老人ですが、特殊部隊出身で過去に300人のロシア兵を殺したと言われています。「ランボー」のように“1人だけの軍隊”なわけです。

 画面に出るのは明らかに西部劇風のフォント。といってもマカロニウエスタンに近い描写の仕方で、これにクエンティン・タランティーノ風のタッチを加えて出来上がった作品と言えるでしょう。

 主人公のアアタミは死なないにもほどがあるほど死にません。ここまで不死身だと、その理由が必要になると思いますが、映画はそれには触れません。

 ヤルマリ・ヘランダー監督は1976年生まれ。「ランボー」など1980年代のアクション映画が好きなのだそうです。
IMDb6.9、メタスコア70点、ロッテントマト94%。
▼観客10人(公開初日の午後)1時間31分。

「シアター・キャンプ」

 ニック・リーバーマン監督の短編「Theater Camp」(2020年)をリーバーマンと「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」(2019年)の女優モリー・ゴードンが共同監督を務めて長編化したコメディ。

 ニューヨーク州北部の演劇スクール「アディロンド・アクト」はミュージカルスターを夢見る子どもたちを指導してきた。今夏のキャンプ開校を前にジョーン校長(エイミー・セダリス)が昏睡状態となり、演劇に無関心な息子トロイ(ジミー・タトロ)が跡を継ぐ。経営は破綻寸前。スクール存続のためには3週間後のキャンプ終了までに出資者に新作ミュージカルを披露する必要がある。教師たちと子どもたちは舞台を完成させようと奮闘する。

 落ちこぼれチームが栄光をつかむという、よくあるパターンのプロット。序盤のドキュメントタッチがどうも乗り切れない要因のようで、これは普通に映画化した方が良かったと思います。完成したミュージカル「ジョーンのままで」(Still Joan)を披露するクライマックスがそれなりに盛り上がるだけに序盤がもったいなかったです。1時間35分。
 IMDb7.0、メタスコア70点、ロッテントマト85%。

2023/12/10(日)「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」ほか(12月第2週のレビュー)

 「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」はロアルド・ダール原作「チャーリーとチョコレート工場」(2005年、ティム・バートン監督)の工場主ウィリー・ウォンカの若き日を描く前日談。ミュージカルタッチのファミリー映画として、「パディントン」シリーズのポール・キング監督は手堅くまとめています。

 発明の天才でチョコレート職人のウィリー・ウォンカ(ティモシー・シャラメ。)は亡き母(サリー・ホーキンス)との約束を果たすため、一流のチョコレート職人が集まる町にやってくる。ところが、その町はチョコレート店の新規開店ができず、夢見ることも禁じられていた。しかも、ウォンカが泊まった宿はあくどい商売をしていて、文字を読めないウォンカは多額の借金を背負い、無理矢理働かされる羽目に。宿の地下には少女ヌードル(ケイラ・レーン)をはじめ同じ目に遭った人たちがいた。ある夜、ウォンカはチョコレートを盗む小さな紳士ウンパルンパ(ヒュー・グラント)と出会い、仲間たちとともにチョコレートの製造にとりかかる。

 ヒュー・グラントはウンパルンパをユーモラスに演じていて子供たちの人気を集めそうです。ダール作品に特徴的なダークさは宿の意地悪な女主人(オリヴィア・コールマン)やウォンカを迫害するチョコレート組合のメンバーたちに残っていますが、総じて控えめ。大人もそこそこ楽しめる仕上がりにはなっていて、年末年始のファミリームービーには最適でしょう。
 IMDb7.5、メタスコア68点、ロッテントマト83%。
▼観客9人(公開2日目の午前)1時間56分。

「ヨーロッパ新世紀」

 タイトルから近未来の話かと想像してましたが、現在の話でした。トランシルバニア地方の小さな村での外国人労働者排斥を描くルーマニア映画。村のパン工場がスリランカからの労働者を受け入れる。よそ者を異端視した村人たちとの間に不穏な空気が流れ出す。それが村全体を揺るがす激しい対立へと発展していくというストーリー。

 パンフレットのクリスティアン・ムンジウ監督の解説によると、トランシルバニア地方にはルーマニア人、ハンガリー人、ドイツ人とロマ(ジプシー)が住んでいて、それぞれの言葉を話すほか、共用語として英語が使われ、映画の中にはフランス語を話す人も出てきます。観客がすべての言語に詳しいわけではありませんから、字幕は白、ピンク、黄色などで区別されています。

 さまざまな言葉と文化が混在しているにもかかわらず、村人の多くはアジア人に対して差別意識を隠しません。「パン工場でスリランカ人がこねたパンは食べたくない」「どんな病気を持っているか分からない」といった理由からですが、要するに理解が及ばない対象に対して人は恐怖心もあって差別・迫害してしまうのでしょう。

 映画は出稼ぎ先のドイツで暴力事件を起こして帰国したマティアス(マリン・グリゴーレ)とパン工場の責任者で元恋人のシーラ(ユディット・スターテ)を中心に描いています。ルーマニアはEU加盟国の中でブルガリアに次いで貧しい国で、海外への出稼ぎが多いそうです。国内の賃金は安く人手が集まらず、映画でスリランカから労働者を招くのもそれを反映しています。原題“R.M.N.”はMRI(核磁気共鳴画像療法)のこと。
IMDb7.2、メタスコア81点、ロッテントマト96%。
▼観客5人(公開初日の午前)2時間7分。

「まなみ100%」

 高校の体操部で一緒だったまなみちゃん(中村守里)を10年間思い続けたボク(青木柚)を描いた青春映画。10年間思い続けるといっても、ボクはかなりいい加減な男で、たくさんの女の子と付き合うし、その女の子たちに対してひどいこともします。要するにクズキャラに近いんですが、憎めないヤツです。映画は憎めないどころか、好感度たっぷりでおかしくてちょっと切ない作品に仕上がってます。

 川北ゆめき監督の自伝的な話をいまおかしんじが脚本化。ボクはまなみちゃんに何度か求婚しますが、まるで相手にされません。まなみちゃんはボクの言葉を本気と受け取っていないからで、そこをなんとかうまく伝えられれば、恋が成就することもあったんじゃないかなと思えます。

 体操の先生役でYouTubeの「エガちゃんねる」ではお馴染み、佐賀県人会NO.3のオラキオ。いつも体操服着てる芸人さんですが、ホントに体操できるんだと感心しました。このほか、ボクの憧れの先輩役に伊藤万理華、ボクをめぐる女の子たちに新谷姫加、宮崎優、菊池姫奈ら。
▼観客3人(公開7日目の午後)1時間40分。

「理想郷」

 スペインで実際にあった事件を元にしたロドリゴ・ソロゴイェン監督作品。「ヨーロッパ新世紀」同様に異邦人への差別意識に加えて隣人戦争の様相も強く、緊迫した内容になっています。

 フランス人夫婦のアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とオルガ(マリナ・フォイス)はスペイン・ガリシア地方の小さな村に移住した。村は貧しく、隣人のシャン(ルイス・サエラ)とロレンソ(ディアゴ・アニード)兄弟は夫婦に嫌がらせをするようになる。そんな中、村に風力発電の計画がもたらされ、誘致に積極的な村人と反対する夫婦が対立、亀裂は大きくなっていく。

 対立がエスカレートしてある事件が起きるんですが、その後の終盤が長いです。いくらなんでも長すぎるのではないか、もっと簡潔に結論を描いた方が良いのではないかと思ってパンフレットを読んだら、二部構成と書いてありました。いや、これは二部構成じゃないでしょ。そうする必要もないと思います。実際の事件は2010年に発覚し、裁判が終わったのは2018年だったそうで、その時間の長さを意識したのかもしれません。

 こうした事件は日本でもどこでも起こりそうで、田舎を勝手に理想郷なんて思わない方が良いです。原題“As bestas”は「野獣」の意味。
 IMDb7.5、メタスコア85点、ロッテントマト98%。昨年の東京国際映画祭グランプリ。
▼観客10人(公開6日目の午後)2時間18分。

「怪物の木こり」

 倉井眉介の原作を三池崇史監督が映画化。評判良くないですが、僕はそんなに悪くないと思いました。怪物とはサイコパスのことで、それを狩る覆面の連続殺人鬼(=木こり)とサイコパスな弁護士(亀梨和也)を巡る話。以前、「アップグレード」(2019年、リー・ワネル監督)を見た時に「頭にチップを入れたぐらいで超人的な能力を得られる訳がない」と思いましたが、この映画もそんな設定。超人ではなく、サイコパスを作るわけです(いや、無理だから)。それを受け入れられれば、まずまず楽しめるんじゃないでしょうか。

 三池崇史監督にしては過激な描写がないのがやや物足りないところではあります。刑事役に菜々緒、弁護士の恋人役に吉岡里帆。脚本はエグゼクティブプロデューサーを兼ねた小岩井宏悦。
▼観客9人(公開5日目の午後)1時間58分。

「ロスト・フライト」

 雷の直撃で故障した飛行機がフィリピンの孤島に不時着。そこは反政府勢力が支配する無法地帯だった。機長ブロディー・トランス(ジェラルド・バトラー)を含む乗客17名はどうサバイバルするのか、というアクション。1980年代にチャック・ノリスが主演した「地獄のヒーロー」(1984年、ジョセフ・ジトー監督)のような映画を思い出す内容でした。つまり、よその国に行って悪人をバタバタ殺しまくる映画です。このためフィリピンでは公開を自主規制しているとのこと。こういうことがあるから、架空の国の島にしておいた方が無難なんです。

 乗客の中には殺人を犯してフランスの傭兵部隊に逃れ、逮捕・移送中のガスパール(マイク・コルター)がいて、トランスとともに助けを呼ぶため飛行機を離れますが、その間に乗客たちは反政府勢力に捕まります。トランスとガスパールは協力して乗客たちを救助しようとする、という展開。飛行機が不時着するまでの序盤がモタモタしているためか、反政府勢力との戦いに割とあっさり片が付く印象を受けました。

 原題は“Plane”とシンプル。ガスパールをフィーチャーしたスピンオフ“Ship”の企画があるそうです。ジャン・フランソワ・リシェ監督。
IMDb6.5、メタスコア62点、ロッテントマト78%。
▼観客12人(公開12日目の午後)1時間47分。

2023/12/03(日)「燃えあがる女性記者たち」ほか(12月第1週のレビュー)

 動画配信サービスParamount+の作品が12月1日からWOWOWオンデマンドで見られるようになりました。

 ラインナップを見ると、ドラマはともかく映画に関してはほとんど見ている作品ばかり。配信されるのはParamount+の一部の作品のようです。Wikipediaによると、動画配信サービスとしては5番目の規模(加入者6100万人)で、経営的にも苦しい状況のようです。

「燃えあがる女性記者たち」

 昨年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたインド映画。カースト最下層のダリット(ダリト=不可触民)の女性たちが設立した新聞社「カバル・ラハリヤ」(ニュースの波)の活動を5年間にわたって記録しています。

 彼女たちはカーストによる差別とインドに根強い女性蔑視による二重の差別を受けています。ダリットの女性が自宅に押し入ってきた男たちに何度もレイプされた事件を取材しますが、警察は立件しません。記者が警察に取材に行っても、とぼけられるか無視されるか。被害女性と夫は警察からも暴力を受ける始末。記者たちは記事を書くだけでなく、スマホで動画を撮影し、動画チャンネルにアップしています。新聞の発行は週1回ですが、これは文字の読み書きができない住民が多いからなのかもしれません。

 記事になることで村に電気が通ったり、道路が舗装されたりの効果も紹介されています。ジャーナリズムの原初的な意味の感動がこの映画にはあり、そうした記事の効果は彼女たちの励みにもなっているでしょう。それにしてもインドはカースト制度をなくして、民主主義を確立すれば、もっと経済成長が期待できるのに、現状は残念すぎます。監督はリントゥ・トーマスとスシュミト・ゴーシュ。
IMDb7.3、メタスコア84点、ロッテントマト100%。
▼観客4人(公開7日目の午後)1時間33分。

「ダンサー イン Paris」

 本番の公演中に恋人の裏切りを目にしたことで動揺して転倒し、足首を剥離骨折したバレリーナがコンテンポラリーダンスで再起する姿を描くフランス映画。初の映画出演で主役を務めたマリオン・バルボーはパリ・オペラ座のプルミエール・ダンスーズ(バレリーナのコンクールで上がれる階級の最高位。その上に監督が任命するエトワールがあるそうです)とのこと。細い体なのにしなやかで強靱さも感じさせるのがさすがです。

 映画は「まなじりを決して」という悲壮感ではなく、主人公が自然に緩やかに再起していくのが良いです。コンテンポラリーダンスの魅力もよく分かりますが、その中で普通にバレエの仕草を入れるバルボーがやはり光ってました。ちょっとレベッカ・ファーガソンに似ている顔立ち。今後、映画でも活躍していくのでしょう。
IMDb7.1、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客8人(公開初日の午後)1時間58分。

「OUT」

 累計発行部数650万部を超える井口達也の原作漫画を「ドロップ」(2008年)「漫才ギャング」(2010年)の品川ヒロシ監督が映画化。少年院を出所した主人公(倉悠貴)が叔父(杉本哲太)叔母(渡辺満里奈)の焼肉店で働き始めるが、暴走族「斬人(きりひと)」の副総長・安倍要(水上恒司)と出会い、半グレ集団との抗争に巻き込まれる。

 品川監督得意のヤンキーもので格闘アクションをはじめ手堅くまとめていますが、この種のヤンキーものでは「東京リベンジャーズ」もあり、新鮮さがないのが残念なところ。共演は醍醐虎汰朗、与田祐希など。
▼観客2人(公開14日目の午後)2時間9分。

「バカ塗りの娘」

 髙森美由紀の原作「ジャパン・ディグニティ」を鶴岡慧子監督が映画化。バカ塗りとはバカ丁寧に何度も塗っては研ぐを繰り返す青森県の伝統工芸・津軽塗のこと。

 青森県弘前市の津軽塗職人・青木清史郎(小林薫)とその仕事を手伝う娘・美也子(堀田真由)。美也子は高校卒業後、近所のスーパーで漫然と働きながら家業を手伝っていた。人とコミュニケーションを取るのが苦手で、恋人や仲のいい友人もおらず、家とスーパーを往復する毎日。父・清史郎は津軽塗の名匠だった祖父を継いだが、今は注文も減って苦労している。

 堀田真由は人当たりの柔らかさが魅力ですが、今回は笑顔をあまり見せず、引っ込み思案の主人公を好演しています。主人公がバカ塗りを継ぐ意志があいまいなまま話が進むのが少し残念で、もっと明確に描いた方が良かったと思います。鶴岡監督は立教大時代に万田邦敏監督(「接吻」「愛のまなざしを」)に師事したとのこと。
▼観客6人(公開12日目の午前)1時間58分。

「ナポレオン」

 アメリカでの評価が良くなかったので期待しませんでしたが、やはりそれぐらいの出来でした。リドリー・スコット監督だけにクライマックスのワーテルローの戦いなど戦闘シーンの描写はすごいんですが、ドラマがイマイチ。どうしてもナポレオンの生涯のダイジェストになってしまいますね。主演のホアキン・フェニックスよりジョゼフィーヌ役のヴァネッサ・カービーが良いです。
IMDb6.7、メタスコア64点、ロッテントマト60%。
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午前)2時間38分。

2023/11/19(日)「正欲」ほか(11月第3週のレビュー)

 ハリウッド版「ゴジラ」を含めた「モンスター・ヴァース」シリーズのドラマ「モナーク レガシー・オブ・モンスターズ」(全10話)がApple TV+で始まりました。まず1、2話を同時リリース。

 モナークはモンスターの調査を行う秘密機関のこと。ドラマは1973年の髑髏島で始まり、2015年の東京、1950年代のカザフスタンで話が展開します。

 2010年代の物語の主人公となるケイトを演じるのは澤井杏奈(ニュージーランド出身)、1950年代のケイトの祖母ケイコ役に山本真理。日本人俳優はほかに平岳大、久藤今日子、渡部蓮(RICACOの次男で俳優デビューだそうです)など。第1話には生島ヒロシがタクシー運転手役でゲスト出演してました。

 1話にはサンフランシスコを襲ったゴジラが登場。2話には登場しませんが、その代わりドラゴンみたいな空飛ぶ怪獣が出てきます。監督は「ゲーム・オブ・スローンズ」「ワンダヴィジョン」などのマット・シャックマン。とりあえず温かく見守りたいと思います。

「正欲」

 朝井リョウの原作を岸善幸監督が映画化。正しい欲望ではなく、マイノリティーの孤独の深さを描いた傑作だと思います。

 主人公の桐生夏月(新垣結衣)と佐々木佳道(磯村勇斗)は水しぶきや、あふれる水の光景に喜びを感じる水フェチですが、同時に恋愛感情を持たないアセクシュアルで、“普通の人たち”の中で暮らして孤立しています。両親にさえ本当の自分を見せられない絶望的な孤独。広島に住む2人は中学時代にお互いのことを理解し、同類であることが分かります。しかし、佳道は転校し、その後、東京で暮らしていました。夏月は現在、ショッピングモールで働き、普通に結婚して妊娠した同僚や客と深い溝を感じる日々。そんな時、両親が事故死した佳道が広島に帰ってきます。再会した2人は同じ仲間であることを再確認し、佳道は結婚指輪を示しながら「擬態して東京で一緒に暮らさないか」と提案します。

 映画はこのほか、同じ水フェチの大学生・諸橋大也(佐藤寛太)と、男性恐怖症でありながら諸橋にだけは強く惹かれる神部八重子(東野絢香)、普通の人たちの代表である検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)を登場させ、それぞれの境遇を描いています。特に寺井は普通であることを最重要とする男で、不登校の息子が友人とYouTubeに動画をアップする意味を理解できません。マイノリティーの存在に考えが及ばず、普通以外の生き方を全否定する男として描かれています。

 アパートで同居を始めた夏月が佳道に「いなくならないで」というセリフが切ないです。普通の男女であれば、「愛している」に相当する言葉ですが、同じ指向・嗜好を持つ人間、理解し合える人間が極端に少ないため、彼らにとってお互いがかけがえのない存在となっています。性愛が絡まない男女の深い絆を表現するのにこれ以上の言葉はないでしょう。だからこの言葉がラスト、寺井に対する夏月の断固としたセリフ「いなくならないから」につながっていくのは当然であり、胸を打つ場面になっています。

 笑顔を封印した新垣結衣と磯村勇斗は演技賞ものの好演。新垣結衣は「夏月のような人が絶対にどこかにいるはずだ」と考えながら演じたそうです。そういう周囲から孤立した人にこの作品が届けば、何らかの力になり得るのでは、と思えました。脚本は港岳彦。
▼観客多数(公開6日目の午後)2時間14分。

「あしたの少女」

 コールセンターで現場実習をしていた女子高校生が自殺した実話を基にした韓国映画。事件は2017年、全州市で起きたそうです。チョン・ジュリ監督は前半を自殺した高校生ソヒ(キム・シウン)の視点、後半は事件を調べる刑事(ペ・ドゥナ)の視点で描き、事件の構造的な要因を強く批判しています。

 自殺の原因はもちろん、高校生を安価な労働力としか考えず、ノルマを課し、パワハラで残業を強制するブラックな職場にあるわけですが、高校も実習の実績を積み上げるため生徒の訴えに耳を貸さず、辞めることを引き留めます。高校を指導する教育庁も自殺の責任には関知しない態度で、無責任の体系にあきれ果てることになります。宝塚歌劇団の会見など見ると、日本も同じようなものですね。

 パンフレットによると、2016年から2021年までに現場実習でけがをしたり、亡くなった高校生は58人に上り、この映画がきっかけで「職業教育訓練促進法」の改正案(通称「次のソヒ防止法」)が成立したそうです。世論と国会を動かす力を持つ優れた作品だと思います。
IMDb7.3、ロッテントマト93%。
▼観客5人(公開5日目の午後)2時間18分。

「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」

 2011年11月に米国ニューヨーク州ホワイトプレインズで起きた警察官による無実の黒人男性射殺事件(ケネス・チェンバレン射殺事件)の映画化。実際の事件とほぼ同じ上映時間で、事件の経過を詳細に描いて緊迫感あふれる作品になっています。

 事件の発端は自宅で寝ていたケネス・チェンバレンが過って医療用通報装置を作動させてしまったこと。会社の依頼で安否確認に訪れた3人の警察官はドアを開けないチェンバレンに徐々に不信感と怒りを募らせ、強圧的な態度に変わっていく。遂にはドアを壊して押し入り、チェンバレンを射殺する。

 チェンバレンが警察官を素直に中に入れていれば、避けられた事件だったかもしれませんが、双極性障害のチェンバレンは危害を恐れて頑なな態度を取ってしまいます。加えて警官の黒人差別意識が重大な結果をもたらす要因になったようです。

 デヴィッド・ミデル監督は堅実な演出を見せていますが、緊迫感を煽るような音楽は不要と思いました。
IMDb7.0、メタスコア82点、ロッテントマト97%。
▼観客8人(公開初日の午後)1時間23分。

「法廷遊戯」

 五十嵐律人の原作を深川栄洋監督が映画化。同じ大学のロースクールで学んでいた3人が殺人事件の加害者(杉咲花)、被害者(北村匠海)、弁護士(永瀬廉)になるというミステリー。構成に難があり、メインの事件は後半になるまで描かれません。前半がかったるく感じられるのは何とかしたかったところ。

 ミステリーとして納得はしましたが、感心させられた部分はありませんでした。ただし、杉咲花の終盤の演技は見る者を圧倒する凄みがあります。判決を聞いてケラケラ笑い始めたり、弁護士の永瀬廉に対して怒声を浴びせて脅したり。あらためて「杉咲花、スゲーな」と思いました。本当の犯行動機がエピローグで描かれますが、伝わらない人がいるかもしれません。
▼観客5人(公開7日目の午後)1時間37分。

「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」

 これはU-NEXTで見ました。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の1972年の作品。ファスビンダーが71年に書いた戯曲の映画化で、舞台劇らしく部屋の中だけで進行します。

 結婚に二度失敗したファッションデザイナーのペトラ(マーギット・カーステンゼン)はアトリエ兼アパルトマンの部屋で暮らす。助手のマレーネ(イルム・ヘルマン)を下僕のように扱う一方、友人が連れてきた若くて美しい女性カーリン(ハンナ・シグラ)に惹かれて同棲を始める。しかし、カーリンは元夫とよりを戻して出て行く。

 70年代初めに同性愛の題材は少なかったのでしょうが、今となっては少しも珍しくないのが難点。映画はやっぱり同時代に見ないと本当の価値は分かりませんね。ハンナ・シグラは公開時29歳。若いです。2時間4分。
IMDb7.6、メタスコア73点、ロッテントマト84%。

2023/11/12(日)「ジャンヌ・ディエルマン」ほか(11月第2週のレビュー)

 「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」はベルギーの女性監督シャンタル・アケルマン(1950~2015年)による3時間20分の作品。amazonプライムビデオ経由で見られるスターチャンネルEX(月額990円)で見ました。

 映画はジャンヌ(デルフィーヌ・セイリグ)の日常を淡々と長回しで描いています。ジャンヌは夫に先立たれ、思春期の息子とブリュッセルのアパートで暮らしています。湯を沸かし、コーヒーを淹れ、買い物に出かけ、料理して息子とともに食事するなど普通の生活を続けています。普通と異なるのは自宅で売春していること。決まったことをテキパキとこなしていく毎日で、売春もジャンヌのルーティンの作業にすぎませんでしたが、そうした作業のいくつかに少しずれが生じるようになります。

 固定カメラによる徹底した長回しで描かれる場面に取り立てて珍しいものはありませんが、飽きることなく見ていられるのは場面に緊張感があるからでしょう。終盤に衝撃的なことが起こるのは知っていましたので、映画を見ながら、預かった赤ん坊を傷つけるのかとか、ジャンヌが窓から身を投げるのかと考えていました。

 その出来事について、同じような場面をどこかで見たことがあるなと考え、ようやく思い出しました。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督(1945-1982年)の「マリア・ブラウンの結婚」(1979年)です。マリア・ブラウンの終盤の行為と、ジャンヌ・ディエルマンの行為は動機に違いはあるにしても、その唐突さでよく似ています。

IMDb7.5、メタスコア94点、ロッテントマト95%。2022年英国映画協会「サイト&サウンド」誌選定による史上最高の映画第1位。

 スターチャンネルEXでは昨年と今年の「シャンタル・アケルマン映画祭」の上映作品10本中、「ジャンヌ・ディエルマン」のほかに4本=「私、あなた、彼、彼女」(1974年)、「アンナの出会い」(1978年)、「囚われの女」(2000年)、「オルメイヤーの阿房宮」(2011年)=も配信しています。

「不安は魂を食いつくす」

 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選の1本で1974年の作品。未亡人と若い庭師の青年との愛を描いた「天はすべて許し給う」(1955年、ダグラス・サーク監督。日本では劇場未公開)を下敷きにしたそうですが、ファスビンダーは初老婦人と移民労働者に設定を変え、アラブ移民に対するひどい偏見・差別・嫌がらせを痛烈に描いています。

 初老の掃除婦エミ(ブリギッテ・ミラ)は夫を亡くしてアパートに一人暮らし。ある夜、雨宿りのついでに立ち寄った酒場で20歳以上も年下のモロッコ移民の男アリ(エル・ヘディ・ベン・サレム)と出会う。一緒にダンスをし、話も合った2人はエミのアパートに行き、意外な成り行きで一夜を共にする。2人はあっという間に結婚するが、エミの子供たちや仕事仲間、アパートの他の住民、商店の主人らから冷ややかな視線と冷たい仕打ちにさらされる。

 IMDbの説明に「古典的なハリウッドのメロドラマの感情的な力を巧みに駆使して、現代ドイツ文化の根底にある人種的緊張を暴露」とある通り、これはロマンスの形を借りた人種差別批判映画と言って良いでしょう。当時の西ドイツはミュンヘン五輪(1972年)のテロ「黒い九月事件」の影響で特にアラブ系への風当たりが強い時期だったようです。加えて若い男と結婚した母親を子供さえ淫売呼ばわりし、周囲も侮辱的な言葉を投げつけます。

 IMDbでもKINENOTEでも「マリア・ブラウンの結婚」より高い評価ですが、個人的には「マリア・ブラウン」の方が好みです。単純にブリギッテ・ミラよりハンナ・シグラの方が魅力的だからというより、「マリア・ブラウン」を見たのは20歳過ぎの頃で感受性が豊かだった(?)ためもあるでしょう。

 Wikipediaによると、トッド・ヘインズ監督は自作の「エデンより彼方に」(2002年、ジュリアン・ムーア主演)を「不安は魂を食いつくす」と「天はすべてを許し給う」へのオマージュとして作ったそうです。これには納得しました。「エデンより彼方に」は1950年代に裕福な家庭の主婦が庭師の黒人青年と愛し合うようになり、黒人差別に凝り固まった周囲の冷たい仕打ちにさらされる話でしたから。
IMDb8.0、ロッテントマト100%。第27回カンヌ映画祭国際批評家連盟賞受賞。
▼観客5人(公開初日の午後)1時間32分。

「マーベルズ」

 「キャプテン・マーベル」(2019年)の続編。というか、キャプテン・マーベルは「アベンジャーズ エンドゲーム」(同)にも出ていましたから、その続きとなっています。アメリカでの評価が散々だったので期待値は低かったんですが、それでも描写不足や語りの下手さに辟易しました。明確な失敗作です。

 監督は「キャンディマン」(2021年)のニア・ダコスタ。「キャンディマン」は低予算B級ホラーとして破綻はありませんでしたが、それだけの作品で、マーベルがなぜ巨大バジェットの映画に指名したのか不思議です。どこを評価したんだろう?

 唯一感心したのはキャプテン・マーベルを演じるブリー・ラーソンの驚異的なスタイルの良さ。前作時よりスリムになっているんじゃないですかね。
IMDb6.1、メタスコア50点、ロッテントマト62%。
▼観客4人(公開初日の午前)1時間50分。

「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」

 SDN48の元メンバーで作家の大木亜希子による同名私小説の映画化。タイトル通りの話で、元アイドルにもかかわらず、メンタルを病んで仕事をやめ、預金残高10万円になってシェアハウスしているおっさんの家に同居することになる話。元アイドルが元乃木坂46の深川麻衣、ササポンこと56歳のおっさんが井浦新。

 別に傑作というわけではありませんが、きっちり楽しく見させていただきました。ササポンの穏やかな話し方が良いです。穐山茉由監督。

 同じようなタイトル「完全に詰んだイチ子はもうカリスマになるしかないの」で同じ深川麻衣主演のドラマがありましたが、内容に関係はありません。
▼観客2人(公開6日目の午後)1時間56分。

「ロスト・キング 500年越しの運命」

 英国王リチャード三世の遺骨を発見したアマチュア歴史家の実話を映画化。スティーブン・フリアーズ監督だけによくまとまった感動作ですが、ノンフィクションの原作にファンタジー的な場面を入れることには疑問も感じました。「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017年、ギレルモ・デル・トロ監督)のサリー・ホーキンス主演。

 以前ならこういうノンフィクション、映画公開に合わせて早川書房あたりが翻訳を出したはずですが、出版不況に加えて翻訳物はなおさら売れないためか出ていません。
IMDb6.7、メタスコア64点、ロッテントマト77%。
▼観客7人(公開5日目の午前)1時間48分。

「ヘンリ・シュガーのワンダフルな物語」「白鳥」「ねずみ捕りの男」「毒」

 Netflixが配信しているロアルド・ダール原作、ウェス・アンダーソン監督の短編4本で、今週のニューズウィーク日本版が紹介していました。9月から配信していますが、アンダーソン作品とは知りませんでした。評価が高いのは「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」(39分)でIMDb7.4、メタスコア85点、ロッテントマト95%。他の3本にも言えることですが、ダールの作品と言うより、すっかりアンダーソンの味わいになっています。「ねずみ捕りの男」がもっともダール的と思いました。

「白鳥」IMDb6.8、ロッテントマト94%。17分。
「ねずみ捕りの男」IMDb6.6、ロッテントマト100%。17分。
「毒」IMDb6.8、ロッテントマト93%。17分。