2025/10/05(日)「ワン・バトル・アフター・アナザー」ほか(10月第1週のレビュー)

 東京国際映画祭(10月27日~11月5日)の上映作品が発表されました。日本からコンペティション部門に選出されたのは坂下雄一郎監督「金髪」と中川龍太郎監督「恒星の向こう側」の2本。このうち「金髪」は11月21日から公開予定です。

 「恒星の向こう側」は公式サイトがまだありませんし、公開日程は決まっていないようです。福地桃子主演なので、これは映画祭で見たいと思ってます(チケットが買えるかどうか)。同じく福地桃子主演で11月28日公開の「そこに君はいて」(竹馬靖具監督)は中川監督が原案を担当、出演もしています。

「ワン・バトル・アフター・アナザー」

「ワン・バトル・アフター・アナザー」パンフレット
パンフレットの表紙
 ポール・トーマス・アンダーソン監督が初めて撮ったアクション映画で、タイトルは「戦いまた戦い」の意味。前半は革命を目指す左翼組織「フレンチ75」が警察に追われて、主人公ボブが赤ん坊の娘ウィラを連れて逃走するまで。後半はその16年後で、右翼組織に入った警察官が過去の汚点を消すため、ボブたちに迫ってきます。

 主人公のボブを演じるのはレオナルド・ディカプリオ、警察官ロックジョーにショーン・ペン、成長した娘ウィラにチェイス・インフィニティ。ボブは逃亡生活に慣れきって、すっかり自堕落な生活を送るようになっていて、ダメ男・ダメ父とウィラからバカにされてます。そんな父と娘ですが、母親のペルフィディア(テヤナ・テイラー)不在のためもあってお互いに強い愛情に結ばれていて、ロックジョーに拉致されたウィラをボブは必死に探し求めます。組織の合い言葉も忘れるダメな父親と、バカにしながらも父親の教えには従っているしっかりした娘の関係が微笑ましいです。

 父と娘、そして不在の母との家族の絆が後半のメインになっています。極めてハッピーな終盤の展開がとても良く、歓喜のラストには拍手を送りたい気分になりました。近年のアンダーソン監督の映画では最も大衆的なそして好感の持てる作品だと思います。

 チェイス・インフィニティはテレビドラマには出ていますが、映画はこれがデビュー作。映画の魅力の一つが彼女であることは間違いありません。拉致されても決して諦めず、隙あらば逃げようとする逞しさがおかしくて良いです。これから売れる女優だと思います。ショーン・ペンも執拗でサイコ的な警官をさすがの演技で見せています。

 パンフレットのインタビューによると、アンダーソン監督は20年前からカーアクションの映画を撮りたかったそうです。なるほど、前半の街中を猛スピードで走る車も後半、荒野の一本道でのカーチェイスも迫力満点なのはその狙いがあったためでしょう。カーアクション、特に後半の描写に関しては「バニシング・ポイント」(1971年、リチャード・C・サラフィアン監督)などのアメリカン・ニューシネマを思わせました。
IMDb8.4、メタスコア95点、ロッテントマト96%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)2時間42分。

「LOVE」

「オスロ、3つの愛の風景」パンフレット
「オスロ、3つの愛の風景」パンフレット
 ノルウェー出身のダーグ・ヨハン・ハウゲルード監督による3部作「オスロ、3つの愛の風景」の1本。本命はベルリン映画祭金熊賞の「DREAMS」ですが、これもなかなかの出来でした。愛に関する会話劇と思いましたが、内容はほとんどディスカッションの様相。そんな中、終盤に情感あふれるシーンがあり、魅了されます。

 泌尿器科に勤める医師マリアンヌ(アンドレア・ブレイン・ホヴィグ)と看護師トール(タヨ・チッタデッラ・ヤコブセン)が主人公。ある晩、マリアンヌは友人から紹介された地質学者のオーレ(トーマス・グルスタッド)と会うが、子どもがいる彼との恋愛に前向きになれなかった。その後、たまたま乗ったフェリーでトールに遭遇。出会い系アプリで始まるカジュアルな恋愛を語るトールに勧められ、興味を持ったマリアンヌは自らの恋愛の可能性を探る。一方、トールはフェリーで知り合った精神科医のビョルン(ラース・ヤコブ・ホルム)を勤務先の病院で見かける。ビョルンは前立腺の病気を患っていた。

 オーレと会った後に出会い系アプリである男と出会い、その夜のうちにセックスをしたマリアンヌはその男に「出会い系アプリは無料の売春宿」という言葉を聞かされます。男の友人の言葉なのですが、男には妻がいることも分かり、「ホントの僕はいいやつなんだ」と話す男にうんざり。この男との会話がほぼディスカッションで面白かったです。

 ゲイのトールはビョルンを気遣い、手術後のビョルンの世話をします。トールの優しさに触れて、ビョルンは愛のない孤独で臆病な身の上とその理由を話し始めます。この描写がとても良いです。映画は異性愛と同性愛の両方について過不足のない描き方をしています。

 ハウゲルード監督は1964年12月生まれ。2012年の長編デビュー作「I Belong」で国内の賞を総なめにしたそうです。2024年から「SEX」「LOVE」「DREAMS」の順番でこの3部作を撮りました。作家でもあり、小説4本を発表しています。
IMDb7.3、メタスコア83点、ロッテントマト96%。
▼観客5人(公開2日目の午後)2時間。

「海辺へ行く道」

「海辺へ行く道」パンフレット
「海辺へ行く道」パンフレット
 三好銀の原作コミック(全3巻)を横浜聡子監督が映画化。横浜監督は原作の帯を書くほど好きな作品だそうですが、端正でクールな原作の雰囲気とは異なり、ユニークな登場人物によるほんわかしたユーモアをまぶして映画化しています。監督は原作をこういう風に読んだのでしょう。ストーリーは原作通りなんですが、タッチの違いで印象はかなり変わりますね。

 芸術家が多い海辺の町を舞台にした物語。連作短編の原作からエピソードをピックアップして描いています。出演は原田琥之佑、麻生久美子、唐田えりか、高良健吾ら。

 エンドクレジットに松山ケンイチと駒井蓮の名前がありました。横浜監督の「ウルトラミラクルラブストーリー」(2009年)に主演した松山ケンイチが声だけの出演なのは気づきましたが、同じく監督の「いとみち」(2021年)の主演・駒井蓮はどこに出てきたか分かりませんでした。調べたら、予告編の最後のタイトルコールをしてるんだそうです。うーん、それ、本編のクレジットに入れるかなあ。予告編や公式サイトの作成者もクレジットに入れるからおかしくはないですかね。
▼観客4人(公開初日の午後)2時間20分。

「沈黙の艦隊 北極海大海戦」

「沈黙の艦隊 北極海大海戦」パンフレット
「沈黙の艦隊 北極海大海戦」パンフレット
 評判良いようですが、物語の設定も潜水艦の戦い方もリアリティーを欠いているように思えました。原作が連載されたのは1988年から96年まで。かなり話題になったコミックであり、僕も当時読んでいましたが、途中からついて行けなくなるような展開で読了はしませんでした。

 映画は2023年のドラマ再編集の劇場版に続く2作目ですが、時代に合わせたアップデートをする必要があったんじゃないでしょうか。アクティブソナーを打っただけで、敵がひるむ描写にもリアリティーが感じられませんでした。アメリカから見れば、自分の考えを押し通す海江田艦長(大沢たかお)の言動はテロリスト以外の何ものでもないです。
▼観客10人ぐらい(公開7日目の午後)2時間12分。

「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」

「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」パンフレット
パンフレットの表紙
 人工的なセットで繰り広げる人工的なコメディー。ウェス・アンダーソン監督らしくセットは面白いんですが、内容があまり笑えないのが辛いところ。キャラクターも書き割りみたいなもので、感情が乗っていかないのが面白くならない理由でしょう。

 主人公のザ・ザ・コルダ(劇中ではジャー・ジャー・コルダと言ってます)をベニチオ・デル・トロがバスター・キートンのように無表情で演じ、マイケル・セラ、リズ・アーメド、スカーレット・ヨハンソン、ジェフリー・ライト、トム・ハンクス、ベネディクト・カンバーバッチらがそろってキャストは豪華です。IMDb6.7、メタスコア70点、ロッテントマト77%。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)1時間42分。

「俺ではない炎上」

「俺ではない炎上」パンフレット
「俺ではない炎上」パンフレット
 浅倉秋成の原作を「AWAKE」(2019年)の山田篤宏監督が映画化。SNSで“殺人事件の犯人”として個人情報を晒されてしまった主人公の困惑と逃走、犯人探しを描いています。

 予告編では身に覚えのない炎上に巻き込まれた主人公を描くコメディーと思えましたが、骨格はしっかりしたミステリー。主演が阿部寛なので確かにコメディータッチの部分は多いんですが、ミステリーとしての基本は外していませんでした。観客に向けたトリックが良いです。

 このトリック自体は特に珍しいものではありません。それをうまく使っていることに好感を持ちました。謎の大学生に芦田愛菜、阿部寛の取引先の社員に長尾謙杜、部下に板倉俊之、浜野謙太ら。脚本は「ディア・ファミリー」「少年と犬」の林民夫。

 これを見て改めて最近のネットでの個人情報暴露と追跡は筒井康隆の傑作「おれに関する噂」(1974年初版)の世界を思わせるなと痛感しました。あの小説は先駆的・預言的だったわけですね。
▼観客8人(公開初日の午前)2時間5分。

「火喰鳥を、喰う」

「火喰鳥を、喰う」パンフレット
「火喰鳥を、喰う」パンフレット
 横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩の原作の映画化。終盤の展開を見ると、ミステリーではなく、ホラーファンタジーあるいはSFホラーのように思えました。その終盤の展開に無理があるのは、現実改変の力があの人物にあると思わせる説得力がないからです。ここはもう一つ、超常現象を操れる存在や設定を作った方が良かったのではないかと思いました。

 ホラーなので主人公にとってのバッドエンドでも良かったんですが、映画は「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)のようなエピローグを用意しています。この部分は原作にはないそうです。主演の水上恒司、山下美月、宮舘涼太はそれぞれ悪くない演技でした。監督は「シャイロックの子供たち」(2023年)などの本木克英、脚本は「俺ではない炎上」の林民夫。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午後)1時間48分。

2025/09/21(日)「劇場版チェンソーマン レゼ篇」ほか(9月第3週のレビュー)

 第38回東京国際映画祭(10月27日~11月5日)の予告編が公開されました。まだ全作品が発表されたわけではありませんが、ガラ・セレクション部門とアニメーション部門は決まったそうです。

 アニメ部門は一昨年の「ロボット・ドリームズ」、昨年の「野生の島のロズ」「Flow」など毎年傑作が多いんですが、今年はどうなのでしょう。12本中4本は再公開作品となってます。チケット発売は10月18日。また争奪戦になるのでしょう。去年の経験ではパソコンよりスマホの方が販売サイトにつながりやすかったです。

「劇場版チェンソーマン レゼ篇」

「チェンソーマン レゼ編」パンフレット
パンフレットの表紙
 テレビアニメ(2022年)の後を受けて、藤本タツキ原作コミックの39話から52話までをアニメ化。ストーリーは原作に忠実ですが、ほとんどバトルシーンとなる後半がとにかく見せます。圧倒的なスピード感と迫力ある映像が展開され、製作したMAPPAのアニメ技術の高さを知らしめるすごさでした。そして、その後の切ないエンディング。個人的にはもっと泣かせるエピソードの追加と演出ができるはずと思いましたが、多くの観客の胸を締め付けるにはこれで十分なのかもしれません。

 公安対魔特異4課に所属するデビルハンターのデンジは4課を取り仕切る美女マキマとのデートに有頂天になる。その帰り道、雨宿りの電話ボックスで、レゼと名乗る少女と出会う。働いている喫茶店で笑いかけてくれるレゼをデンジは「もしかしてこの娘、俺のコト好きなんじゃねえ?」と思い、店に通い詰める。夜の学校のプールで一緒に泳いだデンジはますますレゼを好きになる。夏祭りの夜のデートで2人はキスを交わすが……。

 16歳のデンジの思春期男子らしいエピソードが詰まった前半に対して、後半は爆弾の悪魔(ボム)と逃げるデンジ(チェンソーマン)たちとの戦い。ドッカンドッカンのアクションは十分に堪能しましたが、ドラマはやや物足りず、レゼの悲しい生い立ちにもっとフォーカスしてくれると、さらに深みのある映画になったのにと思います。生い立ちについてラストで少し触れられるだけなのは原作通りなんですが、そこから想像できるオリジナル描写でドラマを作れば良かったのにもったいないです。「デンジ君、ホントはね、私も学校いったことなかったの」とつぶやくレゼの悲しさをもっと活かしてほしかったです。
「チェンソーマン レゼ編」入場者プレゼント
入場者プレゼント

 来場者プレゼントの小冊子には藤本タツキのインタビューが掲載されています。これ読むと、藤本タツキ、かなりの映画ファンのようで、マキマとデンジが1日何本も映画を見るデートをするのはそのためなのでしょう。「レゼ篇」の参照作品として「人狼 JINROH」「台風クラブ」「ノーカントリー」「悪の教典」「寄生獣」「トップをねらえ!」「シャークネード」「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ! 夕陽のカスカベボーイズ」などを挙げています。ラスト、デンジが待つ喫茶店に向かうレゼの描写で僕はなんとなく「レオン」(1994年、リュック・ベッソン監督)を連想しました。

 劇場公開されたのはまだ日本だけですが、24日の香港を皮切りに各国で公開が始まります。IMDbで数えたところ53カ国でした。「鬼滅の刃」同様、テレビアニメを各動画サイトで配信しているので世界のアニメファンにも知られているでしょう。これによって海外公開のハードルは格段に下がるわけで、配信の力は大きいなと思います。監督は吉原達矢、脚本は「進撃の巨人」「呪術廻戦」などSF作品ではおなじみの瀬古浩司。IMDbの評価は9.1です(9月21日現在)。

 オープニングの米津玄師「IRIS OUT」も良いですが、エンディングの米津玄師&宇多田ヒカルの「JANE DOE」が切なくて良すぎます。
▼観客多数(公開初日の午後)1時間40分。

「ふつうの子ども」

「ふつうの子ども」パンフレット
「ふつうの子ども」パンフレット
 前半は評判とは裏腹に普通の子ども映画だなと思っていたら、後半がすさまじい面白さでした。呉美保監督、脚本の高田亮のコンビは「そこのみにて光輝く」(2014年)、「きみはいい子」(2015年)に続いて3本目ですが、評価の高かった前2作に劣らず、今回も充実した作品になっています。

 小学4年生の唯士(嶋田鉄太)は思いを寄せる同じクラスの心愛(瑠璃)が環境問題に詳しいのを知って、自分も環境問題の本を読み、心愛の関心を引こうとしたのがことの始まり。そこに少しやんちゃな陽斗(味元耀大)が加わって、3人は大人に環境問題を訴える行動を起こす。最初はチラシを配ったり、貼ったりのささやかないたずらレベルの行動だったが、ある行為が深刻な事態を引き起こしてしまう。

 その行為が3人の仕業と分かり、親たちが学校に呼び出されて始まるのは会議室での校長と担任教師(風間俊介)を交えた悪夢のような場面です。3家族の在り方はそれぞれに違いがあり、その対比が実にリアル。唯士の母親を演じるのは蒼井優。これが最も普通のように思えました。幼い弟2人がいる陽斗は母親から「頼りになるお兄ちゃん」と思われていて、母親はやんちゃな姿を知らないのがいかにもありそうです。しかし、白眉は心愛の母親を演じる瀧内公美でしょう。

 心愛に対する態度が実に怖いです。蒼井優に向かって口パクで言うシーンはなんと言ってるか分からなかったんですが、パンフレットに収録された完成台本によると、「なんなのテメェ」でした。なるほど。その瀧内公美について子役の瑠璃は子役3人のクロストークで「もう朝から役に入られていて、撮影の合間に話しかけてくれるんですけど、それが素っ気ない口調で、すごく怖いんです」と話しています。そして「私たちがちゃんと怖がれるように配慮されたんだと思います」と付け加えているのに感心します。子役3人は実によく分かっていますね。

 普通の子どもたちも彼ら同様に大人をよく見ているのでしょう。大人にも子どもにも面白い作品になっていると思います。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午後)1時間36分。

「宝島」

「宝島」パンフレット
「宝島」パンフレット
 真藤順丈の直木賞受賞作を「るろうに剣心」シリーズの大友啓史監督が映画化。3時間11分、沖縄の戦後の怒りが渦巻く力作になっています。クライマックスのコザ暴動のシーンは最近の日本映画には珍しいモブシーンとして成功していて、かなりの見応えがありました。脚本は大友監督と大浦光太、高田亮の共同。

 1952年から約20年間、アメリカ統治下の沖縄を描く骨太のドラマ。米軍基地から物資を盗んで住民に配る“戦果アギヤー”のオン(永山瑛太)が嘉手納基地襲撃の後、行方不明になる。親友のグスク(妻夫木聡)、オンの弟レイ(窪田正孝)、恋人のヤマコ(広瀬すず)はオンの行方を必死に捜すが、見つからない。映画は刑事になったグスクとヤクザになったレイ、教師になったヤマコを描きながら、統治下の沖縄で起きる事件を描いていきます。オンは「予定にない戦果を手に入れた」との言葉を残していて、その戦果の謎が縦糸にもなっています。

 「なんくるないですむかっ、なんくるならんぞー」。米兵による交通事故に端を発した1970年12月のコザ暴動の中でグスクが叫ぶ言葉は米軍絡みの事件事故が多発し、反発が強まっていた住民の怒りの爆発を象徴しています。大友監督はNHK時代に叩き込まれた「声なき声を届ける」ことを念頭に映画を撮ったそうです。スペクタクルなシーンを含めてその思いが詰まった映画になっています。

 共演は中村蒼、瀧内公美、村田秀亮(とろサーモン)、塚本晋也、ピエール瀧ら。時代を反映してオールディーズがたくさん流れます。カスケーズの「悲しき雨音」(Rhythm of the Rain)も懐かしかったですが、個人的にぐっときたのはピンキーとキラーズ「涙の季節」でした。
▼観客9人(公開初日の午前)3時間11分。

「ベートーヴェン捏造」

 かげはら史帆の原作「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく」をバカリズムが脚色、「かくかくしかじか」の関和亮が監督したコメディタッチのドラマ。終盤に面白くなりましたが、それまではフツーの出来でした。

 「ベートーヴェン捏造」と言うより「ベートーヴェン伝記捏造」と言う方がしっくり来る内容。主人公でベートーヴェンの伝記を書くシンドラーを山田裕貴、ベートーヴェンを古田新太が演じています。原作が面白そうなので、これから読みます。
▼観客30人ぐらい(公開5日目の午後)1時間55分。

2025/09/15(月)「ヒックとドラゴン」ほか(9月第2週のレビュー)

 「鬼滅の刃 無限城編第一章 猗窩座再来」の公開がアメリカを含む世界の多くの国で始まりました。IMDbの評価は8.7と極めて高いです。投票者は現在2万人。このうち1万2000人が10点満点を入れてます。投票がさらに増えてくると、評価は少し下がってくるかもしれません。評論家の評価はロッテントマトを見ると、97%が肯定的。メガヒットしているだけでなく、内容的にも評価されているのは嬉しいですね。

「ヒックとドラゴン」

「ヒックとドラゴン」パンフレット
「ヒックとドラゴン」パンフレット
 2010年の傑作アニメを同じディーン・デュボア監督が実写化。ストーリーは同じですが、上映時間はアニメ版(1時間38分)より27分も長くなっています。新しいエピソードはないようでしたし、主にテンポの問題じゃないかと思います。アニメよりテンポが遅いんですね。

 人間とドラゴンが戦いを続けるバーク島が舞台。バイキングの首長ストイック(ジェラルド・バトラー)を父に持つヒック(メイソン・テムズ)は伝説のドラゴン、ナイト・フューリーと出会う。ヒックはドラゴンにトゥースと名付け、父や友人、仲間たちには内緒で友情を育んでいく。そしてドラゴンと共生する方法がないか模索する。

 敵対する相手と戦うより融和を訴えるテーマは真っ当ですし、多数のドラゴンたちが空を飛ぶシーンのVFXにも不備はありません。というか、映画の大きな見どころの一つです。この物語に初めて触れる人には満足できる作品になっているでしょう。アニメの実写化としては成功した作品と言えます。

 ただし、元のアニメが十分すぎるほどの傑作(アカデミー長編アニメ映画賞ノミネート。この年受賞したのは「トイ・ストーリー3」でした)だったので、実写にする意味があるのか疑問です。ディズニーもアニメの実写化を多くやってますが、こうした動きの根底にはアニメより実写が上等という意識があるんじゃないですかね。同じ話を見せられて簡単に喜ぶほど、こっちは甘ちゃんじゃないですぜ。
IMDb7.8、メタスコア61点、ロッテントマト76%。
▼観客1人(公開5日目の午後)2時間5分。

「ランド・オブ・バッド」

「ランド・オブ・バッド」パンフレット
「ランド・オブ・バッド」パンフレット
 イスラム過激派の温床となっているフィリピンのスールー海近くのジャングルで繰り広げるアクション。ドローンから発射されるミサイル攻撃がものすごい迫力で、アクションシーンに関しては文句のつけようがありません。

 ストーリー上の新機軸は主人公が現場にいる特殊部隊デルタフォースの兵士ではなく、遠隔地でドローンを操作・監視するオペレーターであることですが、物語の基本プロットはかつての「ランボー 怒りの脱出」(1985年、ジョージ・P・コスマトス監督)や「地獄のヒーロー」(1984年、ジョセフ・ジトー監督)などと同様、東南アジアに行って暴れ回るアクション映画と同じ趣向です。いくら相手がテロリストだからといって、こうした乱暴な行為が許されるわけがありません。

 現場の兵士にリアム・へムズワース、ラスベガス・ネリス空軍基地のオペレーターにでっぷり太ったラッセル・クロウ。監督は「アンダーウォーター」(2020年)のウィリアム・ユーバンク。
IMDb6.6、メタスコア57点、ロッテントマト67%。
▼観客6人(公開4日目の午後)1時間53分。

「シャッフル・フライデー」

 母と娘の体が入れ替わる「フォーチュン・クッキー」(2003年、マーク・ウォーターズ監督)の22年ぶりの続編。今回は祖母と母、孫とその友だちの体がシャッフルします。前日に「フォーチュン・クッキー」を見たので、主要キャストが再び顔をそろえたこの作品は1日で22年が経過したような感覚でした。そうしたことも作用して僕はまずまず楽しめました。

 前作ではジェイミー・リー・カーティスとリンジー・ローハンの体が入れ替わりました。カーティスは「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(2022年)にも出ていましたので、現在の姿になじみがありましたが、前作でブレイクしたリンジー・ローハンは久しぶりに見ました。22年たっても39歳なのがびっくりです。前作出演時は17歳ぐらいだったんですね、

 物語は前作同様、相手のことを深く理解できれば、元に戻る趣向。2人が4人になっても、基本は同じです。出演者の中ではローハンの娘役ジュリア・バターズに将来性を感じました。まだ16歳。これから売れるんじゃないですかね。監督は「ネクスト・ドリーム ふたりで叶える夢」(2020年)のニーシャ・ガナトラ。NGシーンを集めたエンド・クレジットが楽しいです。

 なお、「フォーチュン・クッキー」の原作“Frieky Friday”は1976年、ゲイリー・ネルソン監督、ジョディ・フォスター主演で映画化されたのが最初で、「フォーチュン・クッキー」はリメイクです。この原作、よほど人気なのか1995年、2007年、2018年にも映像化されてます。ディズニープラスで「フォーチュン・クッキー」を含む3本が配信されています。
IMDb6.9、メタスコア60点、ロッテントマト74%。
▼観客4人(公開7日目の午後)1時間52分。

「ブラック・ショーマン」

「ブラック・ショーマン」パンフレット
パンフレットの表紙
 東野圭吾の原作「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」の映画化。マジシャン役の福山雅治と姪の有村架純のコンビは良いのですが、話に新鮮さがありません。田舎町の殺人を扱った平凡なミステリーに終わってます。

 監督は「コンフィデンスマンJP」シリーズ(2019~2022年)や「イチケイのカラス」(2023年)の田中亮。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間7分。

2025/09/08(月)「遠い山なみの光」ほか(9月第1週のレビュー)

 ディズニープラスで配信中のドラマ「エイリアン アース」第5話がとても面白かったです。このドラマ、全体的に評判が良いのですが、5話は特に傑作でした。捕獲されていた5種類のエイリアンが逃げ出して宇宙船の中で乗組員を攻撃し、第1話の冒頭で描かれた宇宙船墜落の理由と過程が分かります。映画並みの予算をかけていますね。あと3話で終わるのがもったいない感じ。本当は10話の予定だったんですが、予算の関係で短縮されたそうです。

「遠い山なみの光」

「遠い山なみの光」パンフレット
「遠い山なみの光」パンフレット
 カズオ・イシグロの原作を石川慶監督が映画化。1952年の長崎と1982年のイギリスをつなぐ物語で、絶賛はしませんが、水準を上回る出来だと思います。そしてとても興味深い映画化になっています。

 イギリスの片田舎で暮らす悦子(吉田羊)が娘のニキ(カミラ・アイコ)に頼まれ、長崎に住んでいた頃の自分について話し始める。悦子(広瀬すず)は夫の二郎(松下洸平)と団地に暮らしていた。ある日、男の子たちにいじめられていた小学生の万里子(鈴木碧桜)と出会う。万里子は川のほとりの粗末な家で母親の佐知子(二階堂ふみ)と2人で暮らす。佐知子にはアメリカ人の恋人がいて、近くアメリカに移住する予定だという。お金に困っている佐知子に悦子はうどん屋の仕事を紹介する。そんな時、福岡に住む二郎の父親で、元教師の緒方(三浦友和)が長崎にやってくる。

 映画は長崎原爆の影響と、戦後の大きな転換について言及しながら、悦子と佐知子の対照的な姿を描いていきます。この映画を特異なものにしているのは終盤の2つの要素です。一つは悦子たちが路面電車から見る黒い服の女の正体。もう一つは最後に明かされる大ネタ。この大ネタに関してはミステリーやホラーに少なくない前例がありますが、黒い女の正体に関して前例は少ないでしょうし、かなり文学的なものになっています。

 「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というフリードリヒ・ニーチェ「善悪の彼岸」の有名なフレーズを借りれば、「過去を回想するとき、過去もまたこちらを認識しているのだ」となるでしょう。この解釈が正しいとは限りませんが、不思議で秀逸な場面だと思います。

 この終盤の2つの点について、原作でどう表現されているのか気になったので映画を見た後に文庫本を読みました。驚愕しました。この2つの要素が原作にはないんです。つまり原作を大きく改変しているわけです。

 普通なら、原作者が怒りそうなものですが、心配無用。カズオ・イシグロはこの映画のエグゼクティブ・プロデューサーであり、石川監督はイシグロと相談しながら、脚本を書いたそうです。パンフレットの監督インタビューを引用しておきます。

 「ある程度の曖昧さを残して、いろんな解釈ができるというのが原作のよさでもありますが、新たに自分たちの手で何かを渡そうとしているのなら、そのまま映画化するのは逃げだと思いました。カズオさんと相談しながら、我々の解釈を一つ提示するということが非常に大事でしたし、そうしなければ今のオーディエンスとコミュニケ-ションをとれたとは言えないのではないかということも、大きなモチベーションでした」

 映画のほとんどは原作に忠実なのですが、最後の2点だけが異なっています。こうした改変が可能なのは原作の間口が広く、多様な解釈の余地があるからです。いやあ、面白い。こういうことがあるんですね。僕らが目にしているのは43年前に出版された原作を現代に対応させるためにアップデートした、進化した物語であるわけです。

 二階堂ふみのセリフ回しはなんだか昔の日本映画のように思えました。これについて、石川監督は「50年代の映画俳優を彷彿させるお芝居で、最初の一文から役をすでに掴んでいるのがよく分かりました」と言っています。二階堂ふみ独自の役作りだったのですね。
▼観客多数(公開2日目の午後)2時間3分。

「入国審査」

「入国審査」パンフレット
「入国審査」パンフレット
 アメリカ移住を目指してスペインから来たカップルがニューアーク空港の入国審査で厳しい尋問を受けるサスペンス。尋問を受けているうちにどうやら問題があるのは男の方だと分かってきます。同時に女への不誠実な対応も明らかになります。しかし、男がこの対応を取らざるを得なくなった事情、生死にかかわる事情もよく理解できます。

 アメリカで移民問題が大きくなっている現状でとてもタイムリーな作品と言えるでしょう。皮肉な結末が効いてます。脚本・監督はともにベネズエラ出身のアレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスの共同。出演はアルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシほか。
IMDb7.0、ロッテントマト100%(アメリカでは映画祭での上映)。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間17分。

「ベスト・キッド:レジェンズ」

「ベスト・キッド:レジェンズ」パンフレット
パンフレットの表紙
 アメリカでは低評価に終わってますが、日本ではまずまずの評価になってます。1作目と同じパターンの話であり、簡単な描写になっているのがアメリカでの低評価の理由でしょうが、主演のベン・ウォンのアクションがすごくて感心しました。

 空中でクルクル回るシーンがそれ。もしかしてCG使ってるんじゃないかと疑ってしまいますが、スローモーションでも見せるんですよね。

 ラルフ・マッチオ主演の元の「ベスト・キッド」シリーズとスピンオフの「コブラ会」シリーズ、ジャッキー・チェンが出演したリメイクを統合した物語で、「二つの枝 一本の樹」というセリフはそのことも象徴しているのかもしれません。

 主人公の母親役ミンナ・ウェンはマーベルのドラマ「エージェント・オブ・シールド」シリーズ(2013年~2020年)で知りました。あの頃は50代でも若く見えてアクションが凄いと思いましたが、今回はアクションを披露する場面はありません。既に61歳ですが、まだアクションできるんじゃないですかね。
IMDb6.3、メタスコア51点、ロッテントマト58%。
▼観客3人(公開4日目の午後)1時間34分。

「8番出口」

「8番出口」パンフレット
「8番出口」パンフレット
 世界的大ヒットゲームを川村元気監督が映画化。あまり評判がよろしくないようですが、僕は面白く見ました。別れた恋人から妊娠したとの相談電話を受けた男(二宮和也)が直後に地下通路から出られなくなるサスペンス。「迷う男」「歩く男」「少年」の3章構成で、「迷う男」は地下通路で迷ったことと、元恋人の妊娠をどうするかの迷いのダブルミーニングであることは明らかです。

 ホラー演出の気味の悪いシーンもありますが、物語としては真っ当な展開だと思います。監督集団「5月」の平瀬謙太朗が共同脚本と監督補を務めています。
▼観客多数(公開6日目の午後)1時間35分。

「冬冬の夏休み」

 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1984年の作品。日本での初公開は1990年で、キネマ旬報ベストテン4位にランクされています。この年の1位は同じく侯孝賢の「非情城市」でした。

 小学校を卒業した冬冬(とんとん=ワン・チークァン)が妹のティンティン(リー・ジュジェン)とともに田舎の祖父母の家で夏休みを過ごす物語。兄妹の母親は重い病気で入院していて、祖父母の家に行くのはこのためもあったのでしょう。田舎の村で兄妹は地元の子供たちと一緒に遊んだり、さまざまな体験をすることになります。少年の夏を描いて、これはとてもノスタルジックな作品だと思いました。

 物語の設定は撮影時と同じ1980年代だそうですが、田舎の光景は1960年代の日本を思わせます。主人公の年齢は異なるものの、なんとなく、黒木和雄監督「祭りの準備」(1975年)に近い郷愁があるなと思って見ていたら、知的障害のある女性が流産したことで健常者になったと思われる描写が出てきて、なおさらその感を強くしました。

 「祭りの準備」では出産によって女性が正気に返るというエピソードがあったんです。調べたら、「祭りの準備」の女性(桂木梨江)は薬物中毒の影響で正気を失っていたという設定でした。出産を機に体調が好転するというのはアジアでは一般的なのか、あるいは侯孝賢監督が「祭りの準備」を見ていたのか。いずれにしても、傑作2作品の面白い類似点だと思います。
IMDb7.6、ロッテントマト100%。
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間38分。

2025/09/01(月)「アイム・スティル・ヒア」ほか(8月第5週のレビュー)

 以前、「鬼滅の刃 無限城編第一章 猗窩座再来」の感想で「『無限列車編』のようにテレビアニメ化は必ずあるだろうなと思います。連続アニメの語り方に向いている面もあるからです」と書きました。先日のラジオ「アトロク2」でライムスター宇多丸さんもレビューの中で「テレビシリーズを想定した作りになっている」と指摘していました。

 好評だったテレビシリーズを再編集して劇場版にすることがよくありますが、「鬼滅の刃」の場合はこの逆を行う方針なのでしょう。テレビ再編集の劇場版が200億も300億もの興収を上げることはありませんので、この逆方式はある意味、利益を最大限にする方法と言えます。

 事前にこのやり方が分かっていると、「どうせテレビで完全版をやるから」として興収に影響を与えることが予想されます。となると、テレビ版放映は3章まで全部終わってからになるんじゃないでしょうかね。いや、まだテレビ版が決定しているわけではないのですけど。

「アイム・スティル・ヒア」

「アイム・スティル・ヒア」パンフレット
「アイム・スティル・ヒア」パンフレット
 1970年代、軍事政権下のブラジルで元国会議員が軍に拉致された事件を描いたウォルター・サレス監督作品。この週に見た5本の中ではこれが最も充実し、面白かったです。

 軍事政権下のブラジルで元国会議員ルーベンス・パイヴァ(セルトン・メロ)とその妻エウニセ(フェルナンダ・トーレス)は5人の子どもたちとリオデジャネイロで穏やかに暮らしていた。しかしスイス大使誘拐事件を契機に国内の空気は一変。抑圧の波が広がるなか、1971年1月、ルーベンスは軍に逮捕されてしまう。共産主義者と関係があったからだった。翌日、エウニセも軍に拘束され、12日間にわたる過酷な尋問を受けた。極限状況のなか、エウニセは夫の行方を捜し続ける。

 軍のトラックが街中を走るなど不穏な光景はあるものの、序盤30分ぐらいをかけて描かれるのは一家の平和な日常のあれこれ。それが夫が逮捕されて一変し、家の中には銃を持った男たちが常駐してエウニセたちを監視するようになります。拘束されたエウニセが受ける尋問も理不尽であり、恐怖でしかありません。平和な日常の脆さを描いて秀逸な展開で、だからこそ権力の一極集中はとんでもない事態を生むと痛感させます。

 サスペンスを効果的に盛り込み、主人公の怒りと不安と歓喜を自在に緊密にコントロールするウォルター・サレスの演出は極めて的確です。主演のフェルナンダ・トーレスもそれに応える名演を見せ、アカデミー主演女優賞にノミネートされました。「ANORA アノーラ」(ショーン・ベイカー監督)のマイキー・マディソンよりも受賞にふさわしかったのに、と思います。この映画で描かれることが他人事ですませられないほどアメリカの今の状況は深刻じゃないですかね。

 終盤、車椅子で登場する長男のマルセロ(ギレルメ・シルヴェイラ)は20歳の時に第5頸椎を損傷するけがをして四肢麻痺となったそうです。その後、作家となり、この映画の原作を書いています。晩年のエウニセを演じるのはフェルナンダ・トーレスの実際の母親でサレス監督の「セントラル・ステーション」(1998年)に主演したフェルナンダ・モンテネグロ。
IMDb8.2、メタスコア85点、ロッテントマト97%。アカデミー国際長編賞受賞。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)2時間17分。

「愛はステロイド」

「愛はステロイド」パンフレット
「愛はステロイド」パンフレット
 1989年のニューメキシコを舞台にトレーニングジムで働くルー(クリステン・スチュワート)とボディビルダーのジャッキー(ケイティ・オブライアン)の愛と暴走を描くアクション。

 劇中に挟まれる2つの幻想的シーンが印象的です。一つはステロイドを打ってボディビル大会に出場したジャッキーが口から何かを吐き出し、それがルーだと分かる場面。もう一つはクライマックス、ルーが父親に襲われたと知ったジャッキーが怒りで体を超人ハルクのように膨張させ、巨大化するシーンです。どちらもジャッキーの幻覚を可視化したものと理解すべきで、これはステロイドによる副作用なんでしょうかね。いずれにしてもこの2つの視覚的アクセントはかなり有効に作用していたと思います。

 映画は父親に抑圧されて町を出ることもできずに鬱屈していたルーがジャッキーと愛し合うことで抑圧からの開放を果たすというプロット。これに「愛は血を流す」の原題通りに過激な暴力が絡んできます。「テルマ&ルイーズ」(1991年、リドリー・スコット監督)を彷彿させるプロットながら、それに行きそうでいかないB級アクション的な展開も良いです。

 クリステン・スチュワートとケイティ・オブライアン、監督のローズ・グラスはいずれもレズビアンであることを公言しているそうです。

 オブライアンは女優兼武道家。これまでに「アントマン&ワスプ クアントマニア」(2023年)、「ツイスターズ」(2024年)、「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」(2025年)などに出演しているそうですが、僕は顔と名前が一致していませんでした。「ミッション…」ではビリングの21番目なので、主要キャストではなかったようです。あの筋肉モリモリの体はもう忘れません。

 A24製作の映画はパンフレットを買うと、専用のビニール袋が付いてきます。僕はこれが2個目でした。パンフが1150円の半端な価格なのは袋代50円が入ってるからかな?
IMDb6.6、メタスコア77点、ロッテントマト94%。
▼観客2人(公開初日の午後)1時間44分。

「鯨が消えた入り江」

「鯨が消えた入り江」パンフレット
「鯨が消えた入り江」パンフレット
 自分には身に覚えのない盗作疑惑で激しいバッシングを浴びた香港の作家ティエンユー(テレンス・ラウ)は台湾へ向かい、そこで出会ったアシャン(フェンディ・ファン)と共に、かつて文通相手から聞いた“鯨が消えた入り江”を探す旅に出る。

 その文通というのが過去と現在でやり取りしているらしく、「イルマーレ」(2000年、イ・ヒョンスン監督)を思わせる設定ですが、作りが雑で著しく説得力を欠きます。これに対して男同士の愛に近いティエンユーとアシャンの関係は丁寧に描かれています。女性監督のエンジェル・テンは過去にもLGBTQ作品を撮っていて、ファンタジーよりもこちらに関心が高いのかもしれません。
IMDb6.7(アメリカでは映画祭での上映)
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)1時間41分。

「雪風 YUKIKAZE」

「雪風 YUKIKAZE」パンフレット
「雪風 YUKIKAZE」パンフレット
 太平洋戦争中、激戦から何度も生還し、“幸運艦”と呼ばれた駆逐艦雪風を描く作品。ミッドウェー海戦からレイテ沖海戦、沖縄へ向かう途中の海戦が描かれますが、どれも簡単な描写に終わる上に乗員や家族のドラマのエモーションが決定的に足りないです。とりあえずまとめました、というような作品。

 雪風の艦長役に竹野内豊、先任伍長役に玉木宏、新人乗組員に奥平大兼、玉木宏の妹役に當真あみ。

 雪風に関しては戦後19年の段階で「駆逐艦雪風」(1964年、山田達雄監督)という映画が作られています。出演は長門勇、菅原文太、岩下志麻などですが、なんと海自の護衛艦「ゆきかぜ」を「雪風」に見立てるという無茶な撮り方をしていて時代色がほとんどないお手軽な映画でした(U-NEXTが配信してます)。雪風、映画に関しては幸運に恵まれていないようです。監督はこれが第一作の山田敏久。
▼観客10人ぐらい(公開14日目の午後)2時間。

「九龍ジェネリックロマンス」

「九龍ジェネリックロマンス」入場者プレゼント
入場者プレゼント
「九龍ジェネリックロマンス」パンフレット
パンフレットの表紙
 第二九龍(クーロン)城塞を舞台に描くミステリアスなSFラブストーリー。“ジェネリック”の部分はきちんと説明されていますが、ロマンス描写が足りないと思えました。眉月じゅんの原作はちょっとだけ、アニメは全話見ました。アニメと実写の共同プロジェクトなのでストーリーは基本的にアニメと同じです(省略はあります)。ジェネリックの部分も説得力が十分ではなく、ロマンスを目いっぱい魅力的にして、細部にゴタゴタ言わせない作りにした方が良かったと思います。

 第二クーロンの上空に浮かぶ謎の物体ジェネリックテラ(ジェネテラ)は人間の記憶を保存しておく機能がある。不動産会社に勤める鯨井令子(吉岡里帆)は先輩社員の工藤発(水上恒司)が気になる存在。ある日、工藤が自分とそっくりの女性と過去に付き合っていたことを知る。令子には過去の記憶があいまいだった。工藤と愛し合うようになった令子は自分の存在に疑問を持つようになる。ジェネテラを作った蛇沼製薬の蛇沼みゆき(竜星涼)はそんな令子に興味を持つ。

 吉岡里帆も水上恒司も原作のイメージから遠くありません。もっと面白くできる題材だと思います。監督は「君は放課後インソムニア」(2023年)の池田千尋、脚本は池田監督と和田清人の共同。

 エンドクレジットの後のハッピーな場面は良かったです。でもこれ、クレジット前に入れた方が良いでしょう。エンドロールが始まったら席を立つ観客も一定数いますから。その観客はホントの結末を知らずに帰ることになります。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間57分。